異世界ファンタジー作品はいろいろと読んできましたが、異世界ヒロインファンタジーは、実は初めて手に取りました。たまたま読む機会に恵まれてページをめくるうちに、気づけばあっという間に1巻読了。今回、縁あってこうしてレビューを書いています。
“婚約破棄”“悪役令嬢”“溺愛”“求婚”といったフレーズが並ぶ異世界ヒロインファンタジー。ものすごく雑にくくれば、「今いる環境から放逐された先で、さらなる幸せを掴む」というのがひとつの王道パターンかと思います。
ただ、本作においてはそうシンプルではないかもしれません。まず、物語のヒロインであるエディスの出自が複雑。
そんな両親を事故で亡くしてしまったエディス。
義理の家族から陰湿な虐待を受けるヒロイン。昭和ならこれだけで1本連ドラが作れそう。
本作は、義姉ダリアが、超名家グランヴェル侯爵の長男・ライオネルと婚約のため対面するところから動き出します。同家に借金があるというオークリッジ家にとっては、借金帳消しの大チャンス。しかも美男子との話もあり、ダリアにとって願ったり叶ったり。
そしてふたりが正式に初対面する日。一方エディスはいつも通り仕事です。ところが。
突如ダリアの悲鳴が響き渡り、直後、義理の両親がエディスのもとへと駆けつけます。
わけもわからず、言われた通りにするエディス。衣装にメイクと、次々に装飾が施されていき……。
BEFORE
AFTER
地味な使用人服から華麗なドレスへ。まさにお嬢様へと大変身。そして告げられる、(エディスにとって)驚きの展開。
なぜダリアは、あれだけ願ったライオネルとの婚約をエディスに促すのか。その理由は、残酷でした。
そう。ライオネルは、車椅子に頼らざるを得ないほど、病弱な身体だったのです。
ダリアが、病に侵されたライオネルとの婚約を拒否した結果、エディスに役目が回ってきた、という構図。それにしてもダリア、車椅子姿に悲鳴をあげるとは酷い。
とは言いつつ、中世時代であれば身体が弱い相手との結婚というのは忌避されがちだったのかもしれません(場合によっては今ですらも)。こんな態度をとったのは、ダリアだけではなかったようなのです。
ライオネルはすべてをわかっていました。切ない。さらに一年我慢してほしい、という言葉に続けて放ったのは――
悲しみと諦めと哀れみ、様々な感情が複雑に交差する表情に思わずゾクッとしてしまいました。ちょっと怖いよライオネル様。
薄幸が人の形をしているのか、というくらい負のオーラをまとっていたライオネルですが、エディスとのふれあいのなかで見せる、満たされた笑顔はたまらなく素敵。
ああ、でも生命力が薄れているのが伝わる儚い笑顔、とも言えますね……。
ライオネルとの婚約話が進むエディス。彼女もその血を受け継ぐオークリッジ家は、白魔術師の末裔。今は失われてしまった魔法ですが、それでも薬事業を営み、人々の治療に一役買っています。ただ、その実情はかなり厳しいらしく。ダリアの金遣いの荒さが財政赤字に拍車をかけています。
真っ当な社会人としての感覚をもつエディスは、私を含めた世の労働者たちの共感を集めることでしょう。彼女の存在が、いい意味でファンタジーの世界に現実感をもたらします。
「収入の範囲で暮らすという単純なこと」というセリフにちょっとだけドキっとしてしまうくらいには、大好きな趣味にお金使っちゃうこともありますが。ありますよね?
出ました、働く者にとって直接の成果にはならない、超面倒くさい仕事のひとつ、引継ぎ資料作成。職場内異動ならまだしも、転職ともなるともはや自分には直接影響のない案件ながら、地味にその後の評判に関係してくる、侮れない作業です。トンデモ経営者兼義理の両親のもとから解放されるというこの状況でも、お客様のことを第一に、真摯に取り組むエディスにはリスペクトしかないです。
派手な暮らしとは縁がなく、真面目にコツコツ仕事に取り組んできたヒロインが、貴族の家へと嫁いでいく。唯一にして最大の懸念事項は、結婚相手が余命一年だということ。
お互い、家族や家族になろうとした人たちから蔑まれたり避けられたりしてきた、辛い過去を持ちながら、そこに対しての恨みつらみを語らない。
今まで酷い態度をとってきた人物たちへの「ざまぁ」でスカっとするのもいいんですけど、このふたりにはそんな負の要素に考えが及ぶことなく、ただただ幸せになってもらいたい。頼みの綱は、エディスの薬の知識。あとはもしかしたら、白魔術の血、でしょうか。がんばれエディス!
……ちょっとくらいは、この人たちも痛い目見たほうがいいかも?
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
twitter:@hoshino2009