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ド素人住職「タヌキ和尚」と失せ物探し屋が繰り広げる妖怪ミステリー帖!
(著:加藤 元浩)
近江の古寺にお坊さんがやってきた
滋賀県は、とても面白いところだ。同じ琵琶湖を臨みながら、湖東、湖西、湖北、湖南で少しずつ気候も雰囲気も異なる。お隣に京の都、霊山の比叡山を挟んで、琵琶湖(そして淀川)という交通・生活インフラを支える水がめがあり、日本海側とは若狭湾の海産物を運ぶ陸の流通網(鯖街道)と結ばれている。 戦国武将の浅井長政、織田信長、豊臣秀吉に明智光秀などが琵琶湖周辺で城を構えたのも、京都と程よい距離感にあり、経済、軍事の両面で最重要拠点だったからに違いない。
また滋賀県には野神や山の神など、自然の中に神様がいるとする自然神信仰が根付いているし、雨乞いの竜王信仰も盛んだった(琵琶湖があるのに?と思うかもしれないが、川の水がすべて琵琶湖に流れ込むので、平野部での水の確保は歴史的な課題だったそうだ)。さらに山間部には木工を生業とする木地師たちの文化があり、琵琶湖周辺の文化を奥深いものにしている。ちなみに元滋賀県知事の嘉田由紀子(現参議院議員)は、琵琶湖畔の農村生活を研究していた文化人類学者である。それほどに滋賀県の文化は、奥が深い。
さて、本書『ないない堂 ~タヌキ和尚の禍事帖~』は、巨大な湖のある小さな町を舞台にしたミステリー漫画だ。「それって滋賀県のことだよね」という無粋な紹介をして申し訳ないけれど、かつて琵琶湖のまわりをぐるぐる回って旅行ガイドを作っていた私には「これってあの辺りかな?」とか、さまざま想像が膨らんでとても面白かった。
物語の主人公は、司法試験に失敗し、山寺のお坊さんになることになった古崎幸介こと多貫(タカン・戒名)。
多貫が山寺にやってきてそうそう、町内の古井戸から水死体が見つかる事件に巻き込まれる。
鍵のかかった井戸に浮かぶ遺体。どうやって井戸に遺体を入れたのか?
さらにおかしなことに、この遺体の靴が井戸から5km離れた溜池で見つかっており、解剖の結果、遺体からその溜池の水が検出されたという。井戸と溜池は地下で繋がっているのか?
被害者は柿沢希江といい、離婚をきっかけに疎遠になった一人娘がいる。その娘は「母親は自分と縁を切りたがっている」と信じていて、遺骨の引き取りを拒否。事件の真相を解き明かすため、多貫は失い物を探すという「ないない堂」の店主・狐坂銀花に助けを求める。
こんな怪談話で多貫を煙に巻くが、銀花は「怪奇な話にも原因が隠れてる」と言い、実は殺された柿沢希江から、貸金庫の鍵を探すように頼まれていたことを明かす。その貸金庫には娘への遺産が保管されていて、何者かにその鍵を奪われてしまった。殺人犯はその貸金庫の鍵を盗んだ人間の可能性が高いのだが、手がかりがない。
見通しとは、探し求めている答えを、前後の文脈から切り離された画像として見てしまう能力のこと。ミステリー好きなら、京極夏彦の京極堂シリーズにおける榎木津礼二郎の能力を思い浮かべるかもしれない。ただし、この能力は前後の文脈から切り離されて見えるので、余計に事件を混乱させることもある厄介な能力だ。
果たして銀花が見通したものは?
そして多貫と銀花は犯人を釣り上げる舞台を用意し、物語は謎解きへと進んでいく。
真実は、ときに生命を宿す
本作の作者は、大ヒット少年漫画『Q.E.D. ー証明終了ー』『Q.E.D.iff ー証明終了ー』の加藤元浩。漫画にとどまらず、小説も書くミステリーの名手だ。数学、経済学、歴史、法律、芸術などの知識。さらにはIT技術や量子力学まで盛り込まれる作品に、魅了されるファンは多い。
しかし本作は、司法試験に落ちたお坊さんと、謎めいた失せ物探しをする女性のバディもの。民俗学や落語などをベースにした、ちょっと肩の力を抜いた「楽しい」作品に仕上がっている。ミステリーとしてはガチなのだが、人情噺としても読める絶妙のバランスが秀逸なのだ。多貫の母が残した「真実は時に……、生命が宿ることがある」言葉に象徴されるテーマと、幽霊と妖怪がいてもおかしくないような田舎の舞台設定の、ちょうどいい具合のところで物語が展開してグイグイ引き込まれる。
たとえば、第2話は妖怪話がベースになった「油坊の呪い」というお話。油坊とは、火の玉の妖怪のひとつだ。
火事の現場から見つかった焼死体。その火事の発見者は、油坊の炎に人が焼かれたのを見たという。この事故の真相について、多貫と銀花が真実の究明に乗り出す……のだが、この話の裏テーマが「油坊に一つ目小僧、海坊主、大入道など、なぜお坊さんは妖怪になりやすいのか?」なのだ。
お坊さんには霊力があるから?
仏の道を歩んでいたからこそ、逆に恐ろしいものへ変化しやすい?
いやいや。そこで銀花は、まったく違う視点から(定説ではないとしつつも)現実的な解釈をスマートに展開してみせる。これもまた「真実は、ときに生命を宿す」瞬間なのだ。私は思わず「なるほど!」と唸った。是非、みなさんも本編を読んで膝を打ってほしい。
大人はもちろん、子供も心から楽しめるこの作品。夏におすすめの第1巻。次は秋か? 冬か? 「待てない!」と思って連載誌の月刊少年マガジンをチラ見したら、第3話「地蔵盆の水辺(前編)」の妖怪は河童のガタロウだよ! 楽しみ~!
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。
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