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講談社社員 人生の1冊【38】『ドッペルゲンガー宮』が広めたミステリーの輪
(著:霧舎 巧)
加藤玲衣亜 文庫出版部 20代 女
初めて「みんな」で読んだ本
中学校の時に、一番居心地がよかった場所は生徒会室。生徒会役員であるのをいいことに朝も昼も通いつめては、友人としゃべったり、本を読んだりしていました。ある日、読みかけのハードカバーを机に置いたまま友人と話をしていると、ひとりの先生が入ってきて叫びました。
「誰だ! 『水晶のピラミッド』を読んでいるのは!?」
『水晶のピラミッド』は、本格ミステリーの父とも言われる島田荘司さんの代表作の一つ。わたしがミステリーにハマるきっかけになった作品でもあります。
「あ、わたしです」
「加藤か! なかなか見所があるな!」
「……あ、ありがとうございます」
「この学校で、まさか俺以外に『水ピラ』を読んでいる人間がいるとは。驚いたぞ!」
そんなやりとりがあった翌日、先生がわたしに勧めてくれたのが、霧舎巧さんの『ドッペルゲンガー宮』でした。先生いわく「『水ピラ』が好きなら、きっと気に入るはずだ」。
『ドッペルゲンガー宮』は、「《あかずの扉》研究会シリーズ」の第1作目。森博嗣さんや西尾維新さんを輩出した「メフィスト賞」受賞作で、6人の大学生が主人公です。舞台は閉ざされた謎の舘。依頼を受けてそこを訪ねることになった研究会のメンバーは、そこで恐るべき連続殺人事件に出くわします。大掛かりな物理トリックと、頭がくらくらするようなロジックが堪らない作品で、もともとミステリー好きだったわたしは「完璧! 完璧!」と悶えながら読了。わたしのそのハマりようを知った先生はにんまり。ある日、とんでもないことを言い出しました。
「俺、後動悟に似てると思わない?」
後動悟は、このシリーズに登場する名探偵。冷静さと知的さを兼ね備えた、パーフェクトな男性です。いやいや。あまりの勘違いっぷりに、さすがのわたしも呆然。
「……後動さんは二十代ですよ。先生おいくつですか」
「いや、絶対似てるって。メガネとかさ。この描写、俺としか思えない」
「いやいやいや……(むしろ共通点はメガネだけだよ……)」
「決めた。俺、後動やるわ」
「はい?」
「じゃあ加藤。お前はユイやっていいぞ」
「はい!?」
なぜかヒロインの由井広美ちゃん役を拝命。しかし、やっていいってどういうことなのでしょうか。一体どこでなにをやると?
後動悟を「やる」と決めてからの先生のアクションは非常に早く、残り4人のキャラクターに似た感じの生徒を見つけては、「お前、カケルやっていいぞ」などと勝手に指名。名指しされた生徒はわけも分からぬまま『ドッペルゲンガー宮』を読み、そのまま流れで本格ミステリー道へ。この先生のせい……ゴホゴホおかげで、わたしたちの中学の「ミステリー好き」人口は確実に増加しました。気づけば、わたしが教室で『有限と微小のパン』を読んでいる横で、『姑獲鳥の夏』を読んでいる子がいるような事態に。厚いよ……厚くて熱いよ、みんな!
結局、「やる」の意味は最後まで分からなかったのですが、先生と生徒の間でこんなにも共通の話題が盛り上がったのは、人生通してもこの時だけです。『ドッペルゲンガー宮』が広めたミステリーの輪。ミステリー好きを自称していた男の子も、それまでミステリーを読んでいなかったような女の子も、手にしているのは「《あかずの扉》研究会」。本の持つ力の大きさを実感したできごとでした。
中学校を卒業して、もうすぐ10年。あの時の先生やクラスメイトたちは今頃どうしているんだろう、とふと考えます。まだミステリーを読んでいるんでしょうか。初めて、自分ひとりだけでなく、多くの人と一緒に楽しむことができた『ドッペルゲンガー宮』。これが、私の思い出の「この1冊!」です。
- 電子あり
第12回メフィスト賞受賞作。
《開かずの扉》の向こう側に――本格推理の宝物がある北澤大学新入生のぼく=二本松飛翔(かける)は、サークル≪あかずの扉≫研究会に入会した。自称名探偵、特技は解錠などクセ者ぞろいのメンバー6人が、尖塔の屹立する奇怪な洋館“流氷館”を訪れた時、恐るべき惨劇の幕が開く。閉鎖状況での連続殺人と驚愕の第トリック!
執筆した社員
加藤玲衣亜【文庫出版部 20代 女】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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