今日のおすすめ
講談社社員 人生の1冊【24】『将棋の子』才能同士がぶつかりあう世界のきらめきと残酷さ
谷地辰也 第三・第四事業販売部 20代 男
何も残らないことなんて、きっとない
『将棋の子』は、将棋に挑み、敗れていった人間たちの姿を克明に描いたノンフィクション作品です。著者の大崎善生氏も、幼少期から将棋に魅了された人間のひとりで、大学時代は寝食を忘れて将棋にのめりこんでいたそうです。その後は、日本将棋連盟で勤務するうちに、プロ棋士を目指す奨励会員たちとも深い付き合いをするようになっていきます。
本書では、主に成田英二という男の人生に焦点が当てられています。著者は少年時代に北海道の将棋会館で成田と出会い、子供ながらに大人たちに打ち勝つ彼の姿を目にします。自分とは明らかに異質な人間に遭遇したこのとき、著者は「才能」というものの存在を強烈に意識しました。
高校に進学した成田は上京して奨励会に入会し、著者と東京の地で再会を果たします。その後、成田は順調に段位を上げていきますが、ある時期から全く段位が上がらなくなります。羽生善治を筆頭とした、新たな才能たちが頭角を現し始めたのです。奨励会では二十六歳までに四段にならなければ即退会。突発的なスランプではなく、実力で後輩たちに追い越され、家族にも不幸が続いた成田は、年齢制限を目前にプロへの道を諦めます。
僕にはたしかに君の苦しさはわからないのかもしれない。では、君には僕の苦しさがわかるというのだろうか。僕が君に持ち続けている、君の才能への羨望や、奨励会で戦う君の立場への憧れを一度でも感じてくれたことがあったのだろうか
負けが込み、途方に暮れる成田に対して、著者が抱いた思いは複雑でした。 才能にはレベルがあります。著者よりも、成田英二は才能を持っていた。そして、成田英二よりも優れた才能を持っている人もまた、奨励会には大勢いました。
悔しいのは成田だけではないのです。人には誰でも、自分より優れた才能と出会う瞬間があると思います。どれだけ頑張っても、あいつには勝てない。歳を重ねるごとに自分の“天井”が見えてきて、自分じゃない誰かに、自分の夢を託していく。そんな経験をしてきた多くの人間にとって(もちろん、私にとっても)、本書が描く、才能同士がぶつかりあう世界のきらめきと残酷さは、身に迫るものとして感じられるはずです。
成田が奨励会を退会して十数年が経った頃、借金を抱えどん底の生活を送る彼に、著者は意を決して会いに行きます。将棋は、成田からすべてを奪っただけなのか? 才能とは何なのか? 何かに全力を注ぐことの意味は? そんな問いに対する答えが、著者と成田のやり取りから見えてきます。
厳しい現実に打ちのめされながらも、一歩一歩人生を生きていく人間の強さを、ぜひ本書で感じてください。
- 電子あり
青春のすべてを一手一局に! 夢と挫折の奨励会物語。
奨励会……。そこは将棋の天才少年たちがプロ棋士を目指して、しのぎを削る“トラの穴”だ。大多数はわずか一手の差で、青春のすべてをかけた夢が叶わず退会していく。途方もない挫折の先に待ちかまえている厳しく非情な生活を、優しく温かく見守る感動の1冊。 第23回講談社ノンフィクション賞受賞作
執筆した社員
谷地辰也【第三・第四事業販売部 20代 男】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
関連記事
-
2017.06.17 レビュー
講談社社員 人生の1冊【22】『小説の神様』物語を、小説を愛するすべての人へ。
『小説の神様』著:相沢沙呼
-
2017.06.06 インタビュー
【全国書店員感動】「盲人マラソン」を題材にした本年度青春小説の大本命!
『風が吹いたり、花が散ったり』著:朝倉 宏景
-
2017.06.17 レビュー
「誰も仲良くしないでください」と挨拶した転校生は、重大な秘密を9つも抱えていた。
『緋紗子さんには、9つの秘密がある』著:清水晴木
-
2017.05.21 レビュー
講談社社員 人生の1冊【15】マジメにやれば、いつか絶対飛べるはず。『あひるの空』
『あひるの空』著:日向武史
-
2017.03.31 レビュー
講談社社員 人生の1冊【3】「校正者泣かせ」の本格野球漫画
『ダイヤのA』著:寺嶋裕二
人気記事
-
2024.09.05 レビュー
【緊急出版】石破茂、もうこの男しかいない。今こそ保守リベラルの原点に立ち返れ。
『保守政治家 わが政策、わが天命』著:石破 茂 編:倉重 篤郎
-
2024.08.23 レビュー
橋下徹の画期的提言! 自民党がどうであろうと野党が腹を括って決断すれば「政権変容」できる
『政権変容論』著:橋下 徹
-
2024.08.21 レビュー
【自民党と裏金】安倍派幹部はなぜ逃げ延びたのか。その答えがここにある
『自民党と裏金 捜査秘話』著:村山 治
-
2024.09.01 レビュー
南海トラフ巨大地震──いつか必ず起こる震災のリアル。そのときが来る前に知っておかなければならない現実!
『南海トラフ巨大地震 2』原作:biki 漫画:よしづき くみち
-
2024.09.11 レビュー
【トラウマ】自然に治癒することはなく、一生強い「毒性」を放ち心身を蝕み続ける。その画期的治療法を解説
『トラウマ 「こころの傷」をどう癒やすか』著:杉山 登志郎