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講談社社員 人生の1冊【63】バックパッカーを魅了、沢木耕太郎『一号線を北上せよ』
押田英範 FRIDAY編集部 40代 男
あなたの「一号線」はどこにある?
社会人になってはや20年。読書もずいぶん乱暴になって、自室も積読書だらけ……といったところで、あらためて「この1冊」を選ぶことになった。困って、困って、本棚を久しぶりに整理し直してみて出てきたのは、沢木耕太郎さんの一連の著書でした(どれもこれも背表紙の色が抜けているッ!)。
沢木さんといえば、ノンフィクションの作品群で一時代を築き、小説もスルドイものを次々に発表している。何より、'80年代後半に学生時代を過ごした私たち世代にとっては、「深夜特急」シリーズで世のバックパッカーを魅了したスーパースターであります。
かく言う私も、バブル期の高額バイトで貯めたおカネと今考えればオレオレ詐欺みたいなことをして親から資金協力を仰ぎ、バックパッカーをマネして1年間、アジア・インド方面へ旅立った輩──というのは本当に懐かしい話だけれども、沢木さんのおかげで体験できた「アジアそしてインドなどへゴー!」な1年間は、感謝しきりな人生の1ページになったわけで、私にとっての「この1冊」を考えるに、沢木さんの著作をおいて他はないのであります。
で、「1号線を北上せよ」です。同書は、様々な媒体で発表されたエッセイ、特に旅に関する文章7本を集めたモノですが、巻頭エッセイの「1号線はどこにある?」は書き下ろしとなっています。もう15年以上、一人旅なぞしていない私にとっては、最終章の「記憶の樽」が響きました。ある程度の時間をかけて旅する場合、この作品のように、再訪したくなる場所というものが必ず出てくる。その気分を誇張なくまとめている。5章目の「ヴェトナム縦断」は、場所こそ違え、鮮やかに読み手の記憶を呼び起こしてくれます。私はタイの基幹道路を北上(バイク2人乗りの後ろ席で)したときの景色、記憶がグルングルン廻って心地よかった。旅に縁のない読者はどうなるのか──といった疑問があるかもしれませんが、恐縮ながら、それは私にはわかりません。
紀行文はやはり、自分の体験と合わせて読むのが最上だと思うのですが、何より染みたのは、同書の巻頭エッセイでした。沢木さんはここで読者に、「あなたの1号線はどこにある?」と尋ねます。この本が刊行されたのは、2003年でした。この刊行されたタイミングが、私には身に染みたのです。
読書体験は、その本を手に取ったときの年齢、環境によって受け取る感動は大きくかわってくるとよく言われます。私がこの巻頭エッセイで受けた感動も、その読んだタイミングにありました。'80年代後半アジア旅行にでかけ、沢木さんの足跡を訪ねようとしながら、結局、ある街に沈没して、サナダムシとランブル鞭ナントカ虫が一緒にお腹に湧いて切ない思いをしたインチキ男は、社会人になって十数年後という絶妙なタイミングで「あなたの1号線はどこにある?」と問われ、大いに動揺したのです。
1号線、それは読む人によって受け取る物は多少違いがあるのかもしれませんが、私は、自分が生きている中心線、心のよりどころみたいな物かなと受け取りました。で、読み終えて思ったのが、「いまのオレの1号線、目白通りかも!」だったのです。それ自体、別に悪いことではないけれど、当時37歳子持ち住宅ローン男の身には、当時の1号線があまりにリアルすぎて堪えたのです。
だれにでも1号線はある。それは時期によって様々に変わるでしょう。私の場合、ノンキにインチキ旅を楽しめていたときには、楽しすぎて実は1号線はなかった。そうしてその後、就職したとき、結婚したとき、子供が生まれたとき、親父が死んだとき、私の1号線は次々に変わった。
いま、あなたの1号線はどこにあるのか。一読されてみてはいかがでしょう。
一号線はどこにある?
「北上」すべき「一号線」はどこにもある。
私にもあれば、そう、あなたにもある。
思わず旅に出たくなる、著者初の紀行短篇集。 青春の記憶に浸る旅、作家の存在に導かれる旅、プロスポーツ観戦の旅、観光客のバスツアー『深夜特急』の旅から20年、旅の達人が見たスピリチュアルな風景とは。
既刊・関連作品
執筆した社員
押田英範【FRIDAY編集部 40代 男】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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