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講談社社員 人生の1冊【61】人間国宝・志村ふくみさんの深い哲学『一色一生』
蓬田勝 文芸X出版部 40代 男
自然には真実と哲学と教養がある
僕が大学生の頃はまだ教養が幅をきかせていた時代でした。今でも教養が必要かどうかは別として、少なくともそれに対する憧れが、僕自身や同級生たちの生き様を作ってきたことは事実です。
大江健三郎・中村雄二郎・山口昌男が編集委員となり、岩波書店から『叢書 文化の現在』全13巻が刊行されたのを知った大学生の僕は、生協でたしか1割引で全巻予約をしました。毎月繰り出される知的文章に圧倒されたと書くと格好いいのですが、執筆者の半数以上が聞いたこともない人たちばかりでした。
後に、作家の車谷長吉氏より聞いた話によれば、当時、車谷氏をはじめ、中沢新一・上野千鶴子らが山口門下として勉強会を開いていたそうで、今では有名な方々が席を同じくして刺激し合っていた時代だったそうです。
その叢書で僕が初めて名前を知った方には、恥ずかしいことに、網野善彦、武満徹、ジョン・ケージ、原広司、鈴木忠志などもいます。その一人に、大岡信氏が紹介した、今では講談社文芸文庫に収録されている『一色一生』の著者で、染織家・人間国宝の志村ふくみさんもいました。
中学の国語の教科書にも志村さんのことは載っていたと塾講師をしていた時に聞いたので、もしかすると彼女の名前は僕が思うよりは有名なのかもしれませんが、自然の植物から様々な色をいただく志村さんの書く文章は、非常に興奮させられるものばかりでした。
──自然の中でいちばん多い青や緑が、いちばん取り出しにくい色であること。桜の色は桜の花からは決して取れず、花が咲く前の桜の枝の中はその時期だけ鮮やかな桜色に染まっていて、その枝からのみきれいな桜色が抽出できること。きれいな花からきれいな色は取れず、花になった時点で色としては終わっていること。などなど。
志村さんの含蓄ある言葉は、いま現在のみの幸せや金儲けしか考えない人には決して理解できない深い哲学がありました。先日、国立近代美術館で観た上村松園の絵にも通じるその文章の美しさは、下世話な僕でも心を洗われる静謐さを秘めています。
職人という人たちの素晴らしさや奥深さも感じさせてくれます。志村さんは、編集者は職人であるべしと考える僕自身の礎を築いてくれた恩人とも言えるのでしょう。蛇足を承知で言えば、この10月にもこの名著が重版出来(※注 2018年4月現在 25刷)となったことは、出版不況の現在、僕に大きな希望と勇気を与えてくれました。
染織家・志村ふくみ、数十年、さまざまな植物の花、実、葉、幹、根を染めてきた。それらの植物から染まる色は、単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が、色をとおして映し出されているのではないか。それは、人と言葉と表現行為と、根本的に共通する。芸術と人生と自然の原点に佇んで思いめぐらす。深い思索とわがいのちの焔を、詩的に細やかに語るエッセイ集。
執筆した社員
蓬田勝【文芸X出版部 40代 男】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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