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ポール・Mを手紙で口説いた「オーガニックな文章」とは?
ライターに免許は必要か?
もちろん、そんなことはない。資格だっていらない。そりゃあ仕事を受けるためには「わたしはこんな素晴らしい文章を書ける人間です」と示さなければならないし、依頼を受け続けるためには質の高い原稿を書き続けなければならないが、医師や弁護士のように「資格を取得しなければ就労できない」ということはない。表現の自由は保障されている。国語の授業なんかずっと寝てましたよ、という人が書き手に回っても咎められるようなことはない。
とはいえ、リスクを背負わなくてもいい、ということではない。煽り交じりに嘘をまき散らしたり、他人の書いたものを盗用したりすれば、有名無名問わずあらゆる方面から批判を浴びる。まあView数や販売数が実績につながる世の中だから、名前を売るために有名なアニメを不当に貶めてわざと炎上させる雑誌も存在するが(いわゆる炎上商法ですね)、そもそも世の多くの人は炎上なんか避けたいはずだし、なるべくよい文章を書いて満足感にひたったり注目を浴びたりしたいと考えているに違いない。
では、リスクから遠ざかるためにはどうすればいいか? 書かなければいいだけの話だ。しかしこの情報化社会においては誰もが書き手になり得る。本人が望んでいなくても企業側から求められて「きみ、我が社の公式アカウントを運営してくれないか」と背中を押されることもある。炎上を避けつつ、自分自身や会社の商品をそれとなくアピールするためには、なにを念頭に置いて文章を書けばいいだろう?
このたび「講談社+α新書」から出版された『SNS時代の文章術』は、そのような悩みを抱えた人々のために書かれた本だ。著者、野地秩嘉は1957年生まれの出版経験豊富なノンフィクションライター。これまで何冊も紙の本を出してきた手練れの著述家が、さまざまなSNSに触れてネットと紙媒体の違いを体感し、SNS時代にふさわしい文章読本の必要性を感じて執筆したものである。特徴的なのは「はじめに」で書かれている通り、著者自身かつては素人であったと赤裸々に告白していること。
――わたしには大家が持っていない利点がひとつあるからだ。だから、文章の書き方についての本を出す。
わたしの利点とは文章に関してまるっきり素人から始めたことだ。まったく技術はなかった。ゼロだった。普通の社会人だったから文字を並べることはできたけれど、それは文章とは呼べないものだった。――(p5)
FacebookやTwitterでなにかを発信するからといって、文章の書き方に関する訓練を受けているとは限らない。右も左も分からないかもしれない。「」や句読点などの約物の使い方すら怪しい恐れがある。それはかつて著者が置かれた状況そのものである。素人からプロのライターへ成長した過程、「文字を並べる」から「文章を書く」へステップアップしていくなかで得た経験を公開すれば、かつての著者のような「素人」を益することになる……そんなことを考えたのだろうか。筆者みたいに「半年ROMれ」や「技は見て盗め」で済ませないあたり、なんとも志が高い。
本書の内容は前述の通りだから、あまりテクニカルな技法の解説はない。簡潔で万人に通じる文章の書き方のみだ。著者は「大げさな言葉の羅列ではないプレーンな文章」のことを「オーガニックな文章」とし、反感を招くことなく広く受け入れられるための言葉の選び方、心構えなどを説いている。
大事な要素は三つ。
「カッコ、記号、句読点が少ないもの」
「あおり文句、これでもかといったような押し売りの言葉、大げさな擬音語がない」
「カタカナ用語、テクニカルターム、IT用語は必要最小限に」
飾らない文章は、確かにローリスクで分かりやすく、人気が出る。
しかし、プロのライター、インターネット上で人気の書き手にとっては当たり前の内容でもある。実践出来ているかどうかはともかくとして、筆者もオーガニックな文章を心がけてはいるので、方法論に関してはさして興味を引かれなかった。だが、この本を読むのは時間の無駄であった、とは思っていない。
本文中には挿話が散りばめられている。中でも「著者がポール・マッカートニーにインタビューを申し込んだときの手紙」「肖像画を鑑賞する際に注目すべき『顔の部位』の話」は印象に残った(さて、どこでしょう?)。そうした挿話の質と豊富さはこの業界を生き抜いてきた著者ならではであり、もちろんそれらは全てオーガニックな文章で書かれているから、内容がしっかり伝わって来て、ほう、とため息をつくものであった。
レビュアー
ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと思い執筆を開始した。
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