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自閉症を生きた少女の「奇跡の自伝」──集団侮蔑、人格混乱の果て

最近『自閉症スペクトラム障害』(ASD)という言葉を耳にする機会が増えてきました。この障害は、かつて『アスペルガー症候群』と呼ばれていたもので、いわゆる「発達障害」のひとつです。
身体的な障害と違って、「発達障害」は目に見えません。それゆえ、当事者たちは幼い頃から「風変わりな子」「おかしな子」と蔑まされ、誤解や差別や虐待を受けることが少なくありませんでした。
『COCORA 自閉症を生きた少女』は、普通の人には見えない「自閉症スペクトラム障害」を極めてリアルに描いた小説です。『発達障害の子どもたち』の著者で、児童精神医学の第一人者 杉山登志郎さんは、「発達障害と精神的虐待がもたらす多重で複雑な内奥を世界で初めて開示した作品」と最大級の賛辞を贈りました。
なぜ、そのようなことができたのか。それは本作の著者が、自閉症スペクトラム障害を持った当事者だったからです。『COCORA 自閉症を生きた少女』の主人公・柴崎心良は、この見えない障害のせいで、壮絶ともいえる人生を歩んでいきました。
本書を読んだ作家の中村うさぎさんはこう書きます。
「激しい痛みを感じながら夢中で読んだ。アスペルガーという難しい障碍(しょうがい)を抱え、イジメや差別、拒絶、侮蔑を浴びながら著者は必死で生きる。誰か愛して、理解して、と叫びながら。ああ、この叫びは知ってる。かつて私もそう叫んだ人間だから。」
本作は読む者の心を激しく揺さぶります。悲しみ、怒り、絶望、そして喜び……。今回は、さまざまな魅力の詰まった本作の見どころを探っていきます。

2017.01.27
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悲劇的な出逢いと苛烈な虐待

ある時、歌の歌詞が、うまく発音できていないと言って、みんなの前でひたすらバカにされながら、歌わされたことがあった。舌の筋肉をうまく動かせず、ろれつが回らないことを鈴本はやり玉に挙げ、「こんな簡単なこともできんで、恥ずかしくないん!? そんなん、幼稚園生でもできるで!? みんな小学校一年生なのに、あんたまだ赤ちゃんかぁー? ねぇ? バブバブバブ〜〜〜〜ってさ。あんた、もう幼稚園からやり直してきたほうがええで。あー、“赤ちゃん園”やな? ハハハハ!」
鈴本は“赤ちゃん園”の他にも、一年を通して「キチガイは牢屋に入れる」「知恵遅れ学校に入れる」と言い続けた。
“赤ちゃん園”とは、鈴本の言うところの、『私のような要領を得ない、頭のおかしい赤ん坊みたいな子供がたくさんいる、閉鎖的な気持ちの悪い場所』らしい。恐らく「知恵遅れ学校」と同じ意味だったのだろうと思う。
「あんたみたいに一日中、わけの分からん声あげて騒いでる子が腐るほどいてるわ。あんたにピッタリの場所やんか」鈴本は言った。

『COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇』P.94より

※この物語は、作者の個人的体験を元にした自伝的小説です。本作品の記述の中には、差別表現や差別的表現ととられかねない個所があります。しかし、こうした記述は、著者が実際に体験したことを描くためには必要不可欠であり、当時の状況を多くの方に知っていただき、またその問題について真剣に考えていただくためにも当該表現の必要性があると判断し、そのままとしました。

耳を疑うような罵詈雑言の主は、なんと小学校1年を受け持つ担任教師スズモト(鈴本)でした。
『COCORA 自閉症を生きた少女』の主人公・柴崎心良は、ひとつのことに熱中すると周りが見えなくなってしまい、自分の世界を壊されると大声で泣き叫んだり、他人の発言の真意をうまくくみ取れなかったり、授業中にじっと座っていることができないなど、周りの子からするとちょっと変わった子。そんな心良が不幸にも出逢ったのが問題教師スズモトでした。
スズモトは、気に入らない子や扱いづらい子を徹底的にいじめ抜き、クラスメートにも差別や虐待を強要するブラック教師だったのです。

著者の天咲さんは、驚異的な記憶力の持ち主で、自身が受けた壮絶なイジメとそのときの思いを忠実に再現しています。それゆえ、読者は、スズモトの暴言や体罰を紙面上で追体験することになります。
スズモトは、ここに書くのがはばかられるような差別表現で蔑み、殴る蹴るなどの身体的虐待を繰り返し、学級会でクラスメートに主人公を糾弾させ続ける“公開処刑”を強要します。
心良は、障害のない普通の子ども、いや大人であっても耐えられないような虐待を1年間にわたって受け続けることになります。この不幸の体験が彼女のトラウマとなって、その後の人生に暗い影を落とすことになるのです。

スズモトという問題教師のパーソナリティに問題があることは明らかですが、彼女が常軌を逸した虐待行為に走った背景には、障害への無理解がありました。
当時は「発達障害」という概念は教育界の現場ではほとんど知られていませんでした。「アスペルガー症候群」や「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」といった目に見えない障害があることが知られるようになったのは、この10年ぐらいのことで、当時は、いわゆる「扱いづらい子」でしかありませんでした。

自閉症スペクトラム障害には、生まれつき脳になにかしらの発達異常があることにより、人とのコミュニケーションが困難で、いわゆる「空気が読めない」言動が多かったり、ひとつの物事への強いこだわりを示したり、「これをしたらどうなるか」といった未来予測が苦手だったりという特徴があります。
スズモトは、制御不能な主人公に手を持て余し、暴言や体罰で彼女を支配しようとします。しかし、こうした“教育”がうまくいくわけがなく、主人公は、恐怖と混乱でパニックを起こします。これに対してスズモトは虐待をエスカレートさせていきます。
もしスズモトが、主人公は先天的に障害を抱えていることを理解していたら、このような悲劇は避けられたかもしれません。

悲劇的な出逢いと苛烈な虐待

なぜ書く? ASDの人間だからこそ伝えられるものが必ずある

『COCORA 自閉症を生きた少女』は、小説の形をとっていますが、記述されていることは現実に起きた事をほぼ忠実に再現しています。スズモトのようなブラック教師が存在したことにも驚きますが、本書は、主人公の辛い経験のみを綴った本ではありません。
詳しく書くとネタバレになるので控えますが、彼女はその後、良き理解者に出逢います。彼女とその理解者の交流を綴ったエピソードは読者の心を打ち、涙腺を激しく刺激することでしょう。
しかし、そうした理解者ですら「目に見えない障害」の実態を掴みかねて、彼女のトラウマを解消させることができません。

自閉症スペクトラム障害は強い劣等感やストレスなどから精神疾患を併発しやすく、拒食症や自傷行為に及んでしまう場合もあります。そして天咲心良さんもそうした状況に置かれ、解離性人格障害まで発症するに至り、その後も様々な苦労を重ねていきます。
『COCORA 自閉症を生きた少女』は3部構成で、今回「1 小学校 篇」「2 思春期 篇」の2冊が刊行されました。
「1 小学校 篇」では学校での暴力や家庭でのネグレクトなど、壮絶な経験が感受性溢れる言葉で綴られています。まだ幼い主人公が周囲の悪意を全身に受け止めなければならないシーンを追ううちに、読者のみなさんの手は震え、心が張り裂けそうなほどの悲しみが襲うはずです。
そのような辛い過去をあえて振り返って書いた理由を、天咲心良さんは次のように語ってくれました。

三つぐらい理由があります。
一つはもちろん、自分が楽になるためです。書くのは辛かったですが、書かないのは一生真綿で首を絞められているような緩い辛さが続くことだと感じました。
ちょうど体調不良で日常生活が満足に送れなくなったこともあり、人生の棚卸と思って書くしかないなと思い、書き始めました。

もう一つは、日常生活で自閉症スペクトラムではないかと思える子どもを何人か見たことでした。
雑貨屋のレジでお金を払っていたら、小学校3~4年生ぐらいの男の子が突然、親子と勘違いされそうな、『寄り添う』ような位置に立って、赤の他人の私が店員さんとお金をやり取りしているのを、隣でじっと見るんです。そのくらいの年の子は、普通そんなことしませんよね? びっくりしてしまったので、私が「ここはお金払う人のところやから、あっち行っとかなやで」と言ったとたん、その子は奇声を上げ始めました。あまりにも驚いてしまって、そそくさとその場を立ち去りましたが……とても複雑な気分でした。
その時期に立て続けにそういう子に出くわして、「ああ、あの子たちがあのまま理解されずに大きくなったらどうしよう」と、とても不安になりました。経験がある人間だからこそ、あの子やあの子たちの親に対して語らなければならないことがあると感じたのです。

最後の一つは、あまりにも世界中で悲惨な事件やニュースが増えたことでした。
『普通の人』のはずなのに、最近、人の気持ちを考えたり、思いやりの心を持てない人が増えているように感じて、みんなが自分のことしか考えられなくなってしまったらこの世界はどうなってしまうんだろうと、淋しくて不安な気持ちになりました。
私は人の気持ちが分からず、分かるようになりたいと試行錯誤を繰り返してきた人間なので、それを書くことで何か人の役に立たないかと考えたのです。

テキスト:天咲心良さん

書き始めた当初はブログを開設し、記事を公開していたそうです。そのうちに、自閉症スペクトラム児を持つ親たちなどからコメントをもらう機会が増えたのだとか。
自閉症スペクトラム当事者やその家族にとって、天咲さん自身の紡ぐ言葉はとても重要な道しるべだったのです。

なぜ書く? ASDの人間だからこそ伝えられるものが必ずある

支えられた歌──私は、本当は叫びたかったんだ!

本作では、各章にさまざまなミュージシャンの歌詞の1節が引用されており、その詞がエピソードのメッセージを内包していたり、そこから先の展開を暗喩しているので、リズムや歯切れの良さを増幅させていることに気づくでしょう。
作中で引用するこれらのミュージシャン、それは天咲心良さんにとってどのような存在だったのでしょうか。

いちばん影響を与えられたミュージシャンといえば、やはりCoccoさんです。昔の彼女がものすごく攻撃的で破壊的で狂気そのものな歌を歌っていたからです。
本文での引用の多さからも、ヘビーファンであることが担当編集に一発でバレてしまいました(笑)。

昔の私は、聖書や道徳の本をよく読んでいたくらいのものすごくストイックな人間で、人を憎んだり恨んだりというのはとても悪いことだと思っていました。
自罰的で、誰かが悪いとしたら他の人ではなく、自分が悪いんだと思うタイプ。

でも、彼女のファーストアルバムを聞いたときに「こんなにむき出しで人に掴みかかっていくのか。お前が悪いんだ。憎いんだ。怨んでいるんだとストレートに言ってしまうのか」と衝撃を受けたんです。
こんなに無作法に怒りや憎しみを叫んでいいのかと。
だけどそれと同時に、「ああ、ここまで自分の気持ちを素直に表現していいんだ。私は、本当は彼女みたいに叫びたかったんだ」と初めて気づかされました。

いちばん精神的にしんどかった時代は、彼女の歌ばかり聞いて歌っていました。
彼女の歌があったから、私は死なずに生きてきたのだと思っています。

テキスト:天咲心良さん

「歌詞やリズムが心臓に殴りこんで来たら好きになります」
とは天咲さん。商業的なところは抜きにして自由に歌う、アングラ的なミュージシャンが好きだと言います。
本文で引用されているミュージシャンたちの曲を辿るのも、本作の楽しみ方のひとつといえるでしょう。

すべての人に届け! 障害を骨子にヒューマニズムを描く成長物語

『COCORA 自閉症を生きた少女』はどのような人に向けて書いたのか、天咲心良さんは次のように語ってくれました。

理解のある人が一部いても、その他の理解のない一部の人たちの言動によって、子どもたちが傷ついたり被害を受けることもあります。発達障害の当事者の方にはもちろんですが、まったくこの障害について知らない人にも読んでもらえたらと思っています。

私の本は巻が進むごとに読者対象が移行していくようなものになるのではないかと思っています。
1巻はもちろん自閉症スペクトラムに関わる人たちに特に読んでもらいたいのですが、2巻はアイデンティティの喪失感や人との関係、すれ違いなどに苦悩する人に読んでもらうと、何か感じてもらえるのではと思います。
3巻目は恐らく、自我の確立とか、自分の中にある影との戦いとか、より人間の根本を考えるような、『人間』らしく生きていく方法を考えるものになると感じています。

3巻は私が障害を超えたその先の、『人間性』を探してゆく道筋を書くことになるので、悩みや葛藤を抱いているけれど、どうやって切り抜ければいいか分からない人たち──要するにすべての人にとって読む価値のある本になると思いますし、そういう本にしていこうと思っています。

テキスト:天咲心良さん

いまなお精神不調やアレルギーなどの体調不良を抱えていらっしゃる天咲さん。徹夜作業などはできないけれども、3巻目の内容をじっくり吟味しながら準備を進めていくそうです。3作目となる「青年期 篇」も「絶対に胸に残るものに」との意気込みを語っています。

すべての人に届け! 障害を骨子にヒューマニズムを描く成長物語

新人でいきなりの3部作、そのうちの1~2巻が同時刊行という異例の本作。しかし、1巻を読んだあなたはきっとその先の展開が気になって、必ず2巻を手に取ることでしょう。
心良の目を通じて世界を覗いてみませんか?

『COCORA 自閉症を生きた少女』は自閉症スペクトラムという障害を骨子として書いていますが、実は本当は、もっと大きなヒューマニズムをテーマにした本です。動物的感覚に支配されて生きていた一人の少女が、人間らしさを探しながら成長していく物語です。心良の成長の中に、幼い頃のあなたの葛藤や寂しさ、そして力強さや情熱を見つけてもらえたらうれしいです。
彼女が見つめるこの世界は、普通の目から見た世界ではないからこそ、いつも不思議だらけで、謎だらけで、矛盾だらけで、魅力的です。同じ視点から世界を見て、その矛盾と美しさを感じて、そしてどう生きていくべきなのか、一緒に考えてもらえたらうれしいです。

この本があなたの人生に良いものを残せますように。

テキスト:天咲心良さん

  • 電子あり
『COCORA 自閉症を生きた少女』書影
著:天咲心良

本作は、自閉症スペクトラム障害である著者が、自身のこれまでの経験を振り返って綴った自伝風小説です。
自閉症スペクトラム障害はさまざまな感覚異常を伴いますが、それは周囲の人間にはまったく理解されず、それゆえにさまざまな誤解を生むことがあります。本作では、理不尽な言葉の暴力に晒され、障害を抱えながらたったひとりで立ち向かう必要があった著者の「戦いの軌跡」が、スピード感あふれる語り口で綴られています。
読んでいる最中には手が震え、叫びたい衝動に駆られるかもしれません。しかし、読後に残る大きな感情に気づくはずです。
高機能発達障害を持つ人々がどう感じ、考え、日々戦っていることが当事者の言葉から克明に分かる点でも、他に類を見ない貴重な1作でしょう。