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起業家たちの力を知るリトマス試験紙のような男
最近はめっぽう少なくなりましたが、以前はよく、人前で話をする機会がありました。誰もがそうだと思いますが、そういうときはあらかじめネタを用意しておくのです。私の場合は、世界株式時価総額ランキングの話をするのが常でした。要は、世界の会社の番付表です。
世界の会社といっても、ここに表れるのは株式公開している企業だけです。そのまま会社の順位を表現しているわけではありませんし、世界経済を表しているわけでもありません。ただし、目安にはなるだろう。そう断って紹介していました。
さて、トップ40に顔を出している日本企業は果たして何社あるでしょうか。それはどこでしょうか。世界1位はどこでしょうか。世界の1位と日本の1位はどのぐらい差があるものでしょうか。
答えは省略します。興味ある人は調べてみてください。
いずれにせよ、この話の結論はこうでした。「世界はIT企業に席捲されているといっていい。だが、日本はそれに対応できていない」
この話をしたときに、たいへん興味ぶかいことを語ってくれた人がいました。まだ二十代だろうその女性は、こう語ったのでした。
「日本の1位は、孫さんの会社じゃないか」
残念ながらそれは間違いなのですが、たいへん印象に残ったのを覚えています。
なんの先入観もなければ、そう言いたくなる気持ちはよくわかるのです。ソフトバンクとして、携帯電話ネットワークを保持していること。Appleと組んで、日本に訪れることはないとさえいわれたスマホ・ブームを起こしたこと。ホークス球団のオーナーであること。日本でもっともアクセスの多いウェブページ(Yahoo!)を持っていること。なにより大きいのは、日本では数すくない「顔が見える創業者」であるでしょう。Apple、Microsoft、Googleなど、そうした企業が世界を牛耳っているといえる昨今、これがたいへんなイニシアチブであることはよくわかります。
本書は、そんな孫正義氏のパーソナリティにスポットを当てた伝記物語です。小説仕立てになっていますから、とても読みやすく受け入れやすくなっています。
本書を読めば、誰もが思うことでしょう。孫ってやつはすげえやつだな、って。
日本姓を名乗る在日韓国人が多くいる中で、孫という姓で通していること。カリフォルニア大学バークレー校に留学した秀才であること。裸一貫、資本金1000万の小さな企業としてソフトバンクを立ち上げ、今なお成長させ続けていること。何一つとして十人並みなことがありません。まさに破格。そうでなければ、たった一代でソフトバンクを現在の形にまで成長させることはできないでしょう。既得権益を大事にし、新参を認めない日本の風土においてそれを成すのは、並大抵のことではありません。
ああ、でも私は、本書を読んで思い出さずにいられないのです。
第二の孫を気取り、我こそは「起業のカリスマ」であると語った者たちのことを。彼らは立派だった。風車を怪物に見立て、援軍のない戦いに出た。でも、敗れていくばかりだった。
本書は、みずからを「第二の孫」と語る起業家たちに、リトマス試験紙も提供してくれています。
孫氏はその若き日に、毎日何か発明することを課していたそうです。彼が雄飛のきっかけをつかんだのも、そのトレーニングから生み出したアイデアでした。
あなたは毎日発明できますか。もしできるなら、孫になれるかもしれません。筆者には、ムリだったな。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。IT専門誌への執筆やウェブページ制作にも関わる。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』を出版。いずれも続刊が決まりおおいに喜んでいるが、果たしていつ書けばいいんだろう? 「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。
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