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講談社社員 人生の1冊【74】原爆の悲劇を語りつぐ名作『ふたりのイーダ』
(著:松谷 みよ子 絵:司 修)
村松英治 校閲局 40代 男
もうひとりのイーダ
今は「むらまつ」という名字の私ですが、これは結婚して変わった名字でして、結婚するまでの私は「いいだ」という名字でした。
私が小学生の時、『ふたりのイーダ』は映画になりました。映画のポスターを見たのであろうクラスメートに「イーダ、イーーダ、ふったりのイーーーダ」とからかわれてひどくうっとうしかったのが、この作品にまつわる最初の記憶。もちろん最悪です。
そういう状況ですから、原作本を学校の図書館で読んでいたり、うっかり家の書棚にあるのを見つかったりすれば、「イーダがイーダの本読んでる〜」とこれまた厄介なことになるので、原作本を手に取ることなどあり得ないはずでした。
しかし、この作品に対するある興味に抗いきれずに、からかわれてから1年経つか経たないかの小学5年生の時、家から私鉄で一駅離れた市立図書館まで自転車で行って、原作本を開くことになっていました。
「なんだ。俺、もうひとりのイーダじゃん……」
という今となっては気恥ずかしいものが、小学5年当時の私の率直な感想でした。
上で「ある興味」と書きましたが、「イーダ」というキーワード以外のことでもこの作品は私の心をざわつかせていたのです。
それはどうやら「広島」を扱ったものであるという点でした。私の母は広島の出身で被爆者です。母の母、つまり私の祖母は1945年の8月、広島市内で亡くなっています。母や伯母達から当時の話は聞かされていたこともあり、なんだか椅子がしゃべるらしいこの作品で広島のことがどう取り上げられているのか、もやもやと気になっていたのです。
当時の私は、なんでイーダや私の祖母や母のような目に遭う人間がいるんだろう、そんな世の中はおかしいよなぁ、そんな世の中にまたなるのはいやだよなぁというようなことをぐるぐると考えていたように思います。
この本を読んだことが、世の中の変なことに対して変と言える仕事に就くのはありかもなぁ、などとその後に考えるきっかけになったことは間違いありません。
2011年、震災後の惨状を見ると、小学5年のころの想いをその後の自分は果たしきれていなかったという恥ずかしさや悔しさがあります。
そして、そんな今だからこそですが、何かの折に読み返して自分のベースや立ち位置を確認できる本をもっていること。そこからまた始めることができる自分はひどく幸せ者なのだとも思っています。
「イナイ、イナイ、ドコニモ……イナイ……。」
直樹とゆう子の兄妹は、おかあさんのいなかの町で、だれかをもとめてコトリ、コトリと歩きまわる小さな木の椅子にであい……。原爆の悲劇を子どもたちに語りつぐ古典的名作。
●国際児童年記念特別アンデルセン賞優良作品。
既刊・関連作品
執筆した社員
村松英治【校閲局 40代 男】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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