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講談社社員 人生の1冊【55】卒園おめでとう!『さよなら ようちえん』
(作:さこ ももみ)
橋本知沙 システム部 30代 女
大粒のなみだ
IT企業から中途入社した私は、運よく書籍販売部への研修機会に恵まれました。
研修先の一つに、子供向けの本の販売を担当している部署があり、そこで20年ぶりに絵本と再会しました。
私の指導役は、ダーク系のスーツに身を包み、大きな黒ぶち眼鏡をかけ、口調は真面目そのもので、一見「部長」に見えなくもない、マサオさん(仮)でした。
研修の一環で、書店の方へ配る絵本の注文書作成を任され、はりきる私にマサオさんが手順を説明くださいました。その際に、この『さよなら ようちえん』について、1ページずつ内容を紹介してくれました。内容紹介が、終盤に差し掛かった時、突然、マサオさんが大粒の涙を流しました。
この絵本は、卒園する園児に向けて書かれたもので、主人公がクラスメート9人との思い出を1人ずつ綴っています。
最後に語られる思い出は、いつもひとりぼっちでいるひろきくんが、庭のすみっこで服についた雪の結晶を見ていたシーンです。
そこで、園長先生は彼に雪の結晶の形がひとつひとつ違うことを教えて、
せんせいはね、ゆきの けっしょうは かみさまが ひとつずつ だいじに だいじに つくったんだと 思うんだ。みんなも かみさまが ひとりずつ だいじに だいじに つくったから、みんな ちがうんだよ。
説明を受けていたのは、書籍販売部のみんなが粛々と仕事をこなしているすぐ脇の、小さなテーブルと椅子が置いてあるミニ会議スペースでした。私は思わず辺りを見回しました。
止まらない大粒の涙も、思わず動揺してしまった私もものともせず、マサオさんは、どんなに素晴らしいかを語り続け、いつしか私も、そんなマサオさんの情熱に感動してウルウルきてしまいました。
すっかり視界が涙でつつまれた時、マサオさんは、「また、この本で人を泣かせてしまった」なんて言いました。
(涙をコレクションされているようで、ちょっと騙された気分です)
でも、マサオさんだけでなく、研修中に出会った編集部員や販売部員の本を作ることに対する熱い、熱い思いは、しっかりと肌で感じることが出来ました。
この絵本を読んで、子供のころは、確かにこんな風に考えていたな……とか、現在の幼稚園も私の時代とあまり変わっていないなといった気持ちや、子どもには(せめて子どもの時は)こんな風に感じてほしいなという願いを持ちました。
そして、何より、作家さんはもちろんのこと、編集者や販売部のみんなの熱い涙と情熱がこめられていることを知りました。
表紙をめくると、プレゼント用に宛名欄と卒園のお祝いメッセージが印刷されています。
いつか卒園する園児に、この絵本を贈り、読んであげることが夢の一つとなりました。
さこももみさんからのメッセージ
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』という、ロバート・フルガム(アメリカの作家・哲学者)の著書があります。わたしの子どもたちが3年間を過ごした幼稚園は、まさに毎日がその実践でした。子どもたちは自発的な「遊び」の中からたくさんのことを学びました。
仲間や大人から、ありのままの自分を受け入れられた幼い日々。この太くてあたたかく強い人生の根っこは、やがて強い雨風にも耐えてぐんぐんと枝葉をのばし、花を咲かせ、自分以外のものにも実を分け与える、そんな心を育んでくれたと、わたしは今でも信じています。
「小学校に行ったらがんばらなくちゃ! なんて思わなくていい。みんなは初めての小学校へ行くだけで、十分がんばっているんだから。」
卒園式の日、これが先生方から子どもたちへ贈られた言葉でした。子どもたちのすぐそばで、ひとりひとりを本当に理解し、愛してくださった先生方の存在に、改めて感謝した瞬間でした。
卒園を迎えられた読者の皆様にも、この言葉と気持ちを伝えたいと思いながら絵本を描きました。
ご卒園、おめでとうございます。
執筆した社員
橋本知沙【システム部 30代 女】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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