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会話ばかりで「対話」しないあなたへ。コミュスキルを伸ばす最強レッスン
(著:平田 オリザ)
ごたごた総選挙の中、日本中に言葉があふれました。政治は言葉ですからさもありなんとは思いますが、候補者(政治家)が有権者に発した言葉は本当に有権者との対話となっていたのでしょうか?
この本は劇作家、演出家の著者が「対話」と「会話」を対比して、日本人の意識と社会の問題点をあぶり出したものです。心地よい語り口のエッセイで、たとえば日本語の助詞、助動詞の話やネット上のコミュニケーションで使われる顔文字の意味などが縦横に語られています。
──ネット上の対話は、人類がいまだに経験していない新しい言語領域である。手紙より簡便で、話し言葉よりは慎重になれる、この新しいコミュニケーションに相応(ふさわ)しい言葉を、私たちは探っていかなければならない。──
毎日というのが大袈裟でないほどに新しい言葉が生まれているネット上のコミュニケーションですが、その世界でも著者が重要視しているのが「対話」というものです。
この「対話」と「会話」を著者はこうとらえています。
対話:異なる価値観のすり合わせ、差異から出発したコミュニケーションの往復に重点を置く。他人と交わす新たな情報交換や交流のこと。
会話:お互いの細かい事情や来歴を知った者同士のさらなる合意形成に重きを置く。すでに知り合った者同士の楽しいお喋りのこと。日常会話のお喋りには、他者にとって有益な情報はほとんで含まれていない。
こう比較すると、この両者がまったく異なっていることがわかります。そして私たちの周りには「会話」はあふれていますが、「対話」が少ないことに気づかせてくれます。
コミュニケーションという名で交わされているのが、その内実は仲間だけで使われている言葉のやりとりだったりします。それは仲間の一体感・共有観を高めることになりますが、同時に他者を排除するイジメの構造を生み出すことにもつながります。「ハブる」というのは「会話」(=仲間)に入れないこと、入れさせないことだと思います。仲間(グループ)に従わない他者を排除する力が生まれてきます。ここには対話を拒否する意思が見え隠れします。
対話を拒否する心の底にはなにがあるのでしょうか。そこにあるのは異なる価値観を認めず、自分の価値観を絶対視しようとしている意思です。ですから自己の価値観を相対化され、時には欠陥を露呈されてしまうこともある対話をどこか恐れているのです。強権的な人ほど対話というものを避けています。彼らが望むのは一方向のメッセージであり、それに同調し、従う仲間だけです。
考えて見れば古代ギリシアのプラトンや古代中国の諸子百家の著作の多くは対話編として描かれています。ソフィストと対話するソクラテスや為政者と対話・問答する孔子や孟子など、それらの著作の対話がとても豊かであり、創造性に満ちているのは一読すればわかると思います。
さらにいえば古代ギリシアの民主制を生み出し、支えたものこそ、この“対話の精神”でした。この本に寄せた高橋源一郎さんの素晴らしい解説にこのような1節が記されています。
──考えが異なる人々がなにかを決めるためには、異なった考えの相手を説得しなければならない。それも、すべての異なった考えの人々を。なんと気の遠くなるような状況だろう。けれど、それが「民主制」だった。そして、その「異なった考えの相手」を説得するための技術、いや、考え方こそ「対話」だったのです。──
もちろん会話を一概に否定しているわけではありません。ですが会話はお互いの確認であり、同意同調を強くするためのものだといってもいいでしょう。困難に打ち勝ち、未来を切り開いていくのは“対話の精神”です。
──戦後民主主義の中核をなす個人主義的な教育も、それが人間の考えた思想のひとつである以上は、ときとして矛盾や限界に突き当たる。そういった壁にあたったとき、突如「国家」「民族」といった居心地のいい言葉に飛びつき、異なる価値観を持った他者を排除してしまうということは十分に考えられる。──
対話は自分の考えをバカのひとつ覚えのように頑固に繰り返す姿勢からは生まれません。対話の内容によっては自分が変化することを受け入れる姿勢が大事です。
──対話とは、他者との異なった価値観の摺り合わせだ。そしてその摺り合わせの過程で、自分の当初の価値観が変わっていくことを潔しとすること、あるいはさらにその変化を喜びに感じることが対話の基本的な態度である。──
SNSが常態化しているなかで、言葉は溢れかえり、また新語が生まれ、また忘れられていきます。この言葉の渦のなかに「対話」はあるのでしょうか。むしろ「会話」ばかりではないでしょうか。それどころか自己の価値観のみを絶対視する一方通行の言葉の暴走がしばしば見うけられます。そのような今だからこそ著者のいう“対話の精神”が必要なのだと思います。素晴らしい1冊です。
最後に対話の基本的な原理を挙げておきます。
・自分の人生の実感や体験を消去してではなく、むしろそれらを引きずって語り、聞き、判断すること。
・相手との対立を見ないようにする、あるいは避けようとする態度を捨て、むしろ相手との対立を積極的に見つけてゆこうとすること。
・相手と見解が同じか違うかという二分法を避け、相手との些細な「違い」を大切にし、それを「発展」させること。
・自分や相手の意見が途中で変わる可能性に対して、つねに開かれてあること。
- 電子あり
日本人の多くはなぜコミュニケーション・スキルが身につかないのか。政治家も経営者も、「演説」「日常会話」「雑談」は得意でも「対話」「談話」は苦手なことが多い。
ふだん同じ価値観の仲間とばかり会っていると、異なるコンテクストの相手と議論をしなくて済む。文化の違う相手と交渉したり共同作業をする経験が、まだ日本人には少ない。さらに携帯電話、ネットなどの新しいツールの登場で、世代間のギャップは広がる。
それでは、どうしたら対話が生まれるのか。どのようなコミュニケーション・スキルが必要なのか。
──豊富な具体例をもとに、新しいコミュニケーションの在り方を真摯に探る。
解説:高橋源一郎
「みなさんも、この本を読みながら、著者である平田オリザさんと共に、ゆっくりと(平田さんが指摘するようなこと、あるいは、それに触発されて、みなさんの内側に巻き起こってくることについて)考えてもらいたいのである。それは、みなさんにとっても、たいへん貴重な時間になるだろう」
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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