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あきらめるのはまだ早い! 精神医療界のオールスターによる心の病気の治し方
「“心の病気”は誰もが罹(かか)りうるものである」という認識は、ひと昔前に比べればだいぶ一般的になったと思う。精神病にも多種多様な種類があること、そして医療に頼ることの重要さも、現代人の基礎知識として浸透しつつあるのではないだろうか。とはいえ、精神医療の最前線で何が起きているのかについては、知らない人のほうが多いかもしれない。
本書は、精神医療界のオールスターチームによるメンタルヘルス向上のためのガイドブックです。回復に役立つ知識から社会的課題を解消するヒントまで、ありったけの情報を盛り込みました。
個々に主役を張れるほど著名な精神科医たちに、ウルトラ兄弟のように大集結してもらったのには理由があります。薬にばかり頼ってきた精神医療が袋小路に入り込み、史上最大級のピンチに直面しているからです。このままでは患者がますます追い込まれてしまいます。
なかなかスリル満点な(かつ独特の文体の)導入部からスタートする本書は、医療ジャーナリストである著者が精神医療に携わる現役医師たちに取材し、その多彩な試みの数々を紹介していく刺激的な一冊である。
先に引用した巻頭言からもわかるとおり、文体はひたすら読みやすく、パワフルで勢いがある。専門書的な堅苦しさはないが、読者の知性や読解力を信頼し、真摯さも失わない。つまり「話が面白くて優秀なお医者さんに問診してもらっている」感覚を、この本自体が有しているのである。実際に、著者自身が演劇学校「OUTBACKアクターズスクール」での活動を通じて、メンタルヘルスの不調を抱える人々と日常的に付き合っているからこそ、その等身大の目線とポジティブ・パワーには説得力がある。時には話が脱線するようにも見えて、医師や患者の表情豊かな人間性を伝える場面もあり、“心の病気”の暗く重苦しいイメージを払拭してくれる。
各章は「依存症」「発達障害」「統合失調症」「うつ病」「引きこもり」「自殺」といったテーマに分けられ、まずそれらの疾患や現象に改めて向き合うところから始まる。偏見が混じりがちな世間的イメージではなく、本質に迫る視点と豊富な現場経験をもって語られる考察は、新鮮であり貴重である。そして、新たに試みられている“適切な治療法”が、時には患者も含む現場の声とともに語られていく。
たとえば統合失調症の治療に迫る第3章では、「オープンダイアローグ」というフィンランド発祥の画期的療法が紹介される。患者と患者側の関係者、そして医療チームがじっくりと対話し、さらに医療チーム内での討議に患者自身も同席させるなど、文字どおりオープンな対話の力によって寛解や治癒を目指すという斬新な手法だ。安易な投薬治療などに頼らず、統合失調症の治療を飛躍的に促進させる試みとして、日本でもここ10年ほど注目を集め続けているという。
この手法の普及活動に取り組んでいるのが、『オープンダイアローグがひらく精神医療』(日本評論社)など数多くの著書でも知られる斎藤環医師。彼はオープンダイアローグの有効性を説きつつ、一般的普及の難しさについても率直に語る。その大きな障壁となっているのが、圧倒的にバイオロジー(生物学)に傾いているという現代の精神医療のあり方だ。
「世界中の学者が50年以上研究してきて、いまだに統合失調症もうつ病も、発達障害すらもバイオマーカー(診断に有効な血液検査などの生物学的指標)がないのです。こんなに研究しても見つからないということは、もう無理だと私は思います。無理なことをやらなくても、オープンダイアローグの手法で治療できるわけですから、バイオロジカルな探求ばかりに汲々としていないで、もうちょっと精神療法の力を信じてもいいのではないかと、最近の経験から思い始めています」
第2章に登場する「パークサイドこころの発達クリニック」の原田剛志院長も、発達障害を抱える患者とその家族、医師によるオープンな話し合いを重要視し、共同意思決定を前提とした治療に取り組んでいる。そして同じように、医師側のアップデートの重要性を強い口調で説く。
「知識を常にアップデートし続けるのは医者の責務です。それをしない怠慢な医者こそが問題なのです。そういう医者はいつまで経っても変わらないので、被害が大きくなる前に他の医者を探した方がいい」
1980年代から世界的に広まったDSMなどの精神医療診断マニュアルは、実はドイツの精神医学者エミール・クレペリン(1856~1926)の著書『精神医学教科書』を底本としていた(クレペリンの生涯については以前レビューした『〈精神病〉の発明』に詳しい)。このことからも業界の「進みの遅さ」がわかるだろう。精神医学は20世紀を通して大きく発達したように見えて、実はいまだに未知の領域の多い、手探りの分野だ。従来のマニュアルに頼る状況には限界が来ており、精神医療全体に大きな見直しが必要であることを、本書はさまざまな発言や事例をもって指し示す。
本書に登場する医師たち、そして著者が口を揃えて訴えるのは、現行の精神医療はあまりにも薬物治療に頼りすぎていること、そして安易な“5分診療”を流布させる原因となっている診療報酬の低さを改善することの必要性だ(ほかの医療分野に比べると、明らかに低い)。ほかにもさまざまな課題が取り上げられるが、それらをクリアするためのアプローチには型破りなものも多々登場し、読む者を飽きさせない。
たとえば、違法薬物の依存症患者にただ断薬を強制するのではなく、使用によって生じる社会的・身体的悪影響の緩和をこそ優先する“ハームリダクション”を実践する「ようこそ外来」の試みと実例。あるいは、一般社団法人として個人診療のほかに企業向け部門なども設けて診療報酬問題をクリアし、丁寧な診察の存続を実現した「六番町メンタルクリニック」の画期的ビジネスモデル。そして「新時代を切り拓く民間病院」という副題を冠した第7章、福岡県久留米市「のぞえ総合心療病院」の堀川公平院長の自由奔放な行動力も、ひときわ鮮烈な印象を与える。これらのチャレンジと、医師たちの柔軟な思考に触れるうち、希望や心強さを抱く読者も少なくないはずだ。
同時に、国の制度の不十分さも強く認識させられる。
筆者は、患者を本当に回復させられる精神科医がプラスの診療報酬を得られる仕組みが、遠くない未来にできることを願っています。そのためには、国民全体がメンタルヘルスの重要性を認識し、精神疾患への理解や知識を深め、適切な精神保健医療福祉の実現のために国が多額の金を投入することを認める必要があります。
今まさに精神医療が変革期に差し掛かっていることを強く思い知らされる、必読の書である。
- 電子あり
「はじめに」より
本書は、精神医療界のオールスターチームによるメンタルヘルス向上のためのガイドブックです。回復に役立つ知識から社会的課題を解消するヒントまで、ありったけの情報を盛り込みました。
個々に主役を張れるほど著名な精神科医たちに、ウルトラ兄弟のように大集結してもらったのには理由があります。薬にばかり頼って来た精神医療が袋小路に入り込み、史上最大級のピンチに直面しているからです。このままでは患者が益々追い込まれてしまいます。(中略)
各章に登場する精神科医たちは、20世紀から続いてきた薬物療法偏重という生物学的精神医学の激流の中で、時に大波にのまれながらも踏み止まり、患者の「こころ」と向き合い続けた人たちです。葛藤の中で見出された精神療法などの叡知を、生きづらい自分や劣化する社会を変えるために共有し、「みんな」のものにしたい。それが本書の狙いです。
第1章 依存症「ヒトは生きるために依存する」
松本俊彦さん(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)
第2章 発達障害「精神疾患の見方が根底から変わる」
原田剛志さん(パークサイドこころの発達クリニック院長)
第3章 統合失調症「開かれた対話の劇的効果」
斎藤 環さん(筑波大学医学医療系社会精神保健学教授)
第4章 うつ病・不安症 「砂粒を真珠に変える力」
大野 裕さん(国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター顧問)
第5章 ひきこもり「病的から新たなライフスタイルへ」
加藤隆弘さん(九州大学大学院医学研究院精神病態医学准教授)
第6章 自殺「なぜ自ら死を選ぶのか」
張賢徳さん(日本自殺予防学会理事長/六番町メンタルクリニック院長)
第7章 入院医療「新時代を切り拓く民間病院」
堀川公平さん(のぞえ総合心療病院理事長・院長)
渡邉博幸さん(千葉大学社会精神保健教育研究センター特任教授)
成瀬暢也さん(埼玉県立精神医療センター副病院長/埼玉医科大学病院臨床中毒科客員教授)
秋山剛さん(世界精神保健連盟理事長)
高木俊介さん(たかぎクリニック院長/オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表)
アーロン・ベックさん(認知行動療法の創始者)
田邉友也さん(訪問看護ステーションいしずえ代表)
樋口輝彦さん(国立精神・神経医療研究センター名誉理事長/日本うつ病センター名誉理事長)
野村総一郎さん(六番町メンタルクリニック名誉院長)
和気隆三さん(新生会病院名誉院長)
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。
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