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答えはJBSの社員食堂にある──テレワーク時代に敢えて出社したくなるすごい会社
(協力:牧田 幸弘 取材・執筆:いからし ひろき)
「人的資本経営」のすがた
進学や就職活動に頭を悩ませていた頃は、あいまいなイメージやあこがれしか持てていなかったが、「企業」はおもしろい。なぜなら人間が大勢いるからだ。経営のトップから、その年入社したばかりの人、そして長年その企業に勤めてきた人。大人が大勢いて、社会とつながって、毎日働いている。意志やドラマのかたまりだ。
おもしろいなあと思ってくると、今度は企業をとりまく言葉の意味が少しずつ色彩を帯びてくる。たとえば「上場」だとか「福利厚生」なんて言葉にも、濃密なドラマがあることに気がつくのだ。
そんな言葉のなかで、近年注目を集めているのが「人的資本経営」だ。その企業で働く「人」こそが、企業にとって「資本」であり、成長の源泉となる。だから人に投資をして、成長していこう……という経営戦略を指す。ただ、残念ながら言葉だけが独り歩きをして、なんだか絵にかいた餅のように企業のIRページに並んでいるケースもちらほら見かける。もったいない。
『なぜ最先端のクラウド企業は、日本一の社員食堂をつくったのか?』は、「人的資本経営」に本気で取り組む日本ビジネスシステムズ(通称「JBS」)の物語だ。創業32年のJBSは、2022年に上場し、今も成長を続けている。虎ノ門ヒルズに本社を構えるこの企業には、ものすごい社員食堂があるのだという。
カフェバーのようなおしゃれな空間で、手間ひまかけて作られた日替わりのランチが食べられるほか、夜は街中の飲食店に負けない手作りの食事やアルコール類がリーズナブルに楽しめます。希少なワインや日本酒とともに一流シェフが腕によりをかけたコースディナーを味わうこともできます。ここに初めて来た人は、皆一目見るなりこう言います「ここは本当に社員食堂ですか?」と。
ものすごい。しかも本社だけでなく、支社にもこの社員食堂は存在する。JBSって食品や飲食業界の企業なの? いや、企業向けにクラウドシステムサービスを提供するIT企業だ。
このJBSの社員食堂「Lucy's CAFE & DINING」(ルーシーズ)を作ったのは、JBS社長の牧田幸弘氏。当初、ルーシーズを作ることについて、JBSの役員の多くは反対していた。しかしルーシーズは作られ、社員に愛され、JBSの売上は成長を続けている。
本書は、このルーシーズ誕生の物語と、牧田氏の経営哲学やJBSの起業から上場までの歩みをもとに、JBSの人的資本経営のすがたを描く。それは絵にかいた餅じゃなく、企業の知恵と汗と信念で構成された人的資本経営だ。
そして本書では日本におけるクラウドサービスの事業環境や今後の展望についても詳細かつ初心者にもわかりやすく述べられている。
「IT業界で働いてみたいなあ」と考えている学生のみなさんや、システムインテグレーターに関心をもつ人にとって、とてもよい業界研究の本となるはずだ(私はかつてJBSさんと近い業種で働いていたことがあります。東証スタンダード市場上場の話からクラウドサービス事業の話まで、一語一句「おっしゃるとおるです」と思いました)。
オフィス内に飲食店を作るという「投資」
なぜ、日本のBtoBのIT企業が、日本一の社員食堂を作ったのか。しかも都心の一等地で飲食店には困らないような、華やかなる虎ノ門にオフィスがあるのに! これが「食の砂漠」のような立地のオフィスだったらまだわかるのだが……。
その理由のひとつは、多くの人にとって共感できる課題と関連している。社会を大きく変えてしまったコロナ禍だ。とくに「働き方」に与えたインパクトは大きい。
もはやコロナ禍以前と同じような働き方では通用しません。オンラインワーカーとオフラインワーカーの融合をどうすればいいのか、感染対策を徹底しながら働きやすさを追求するにはどうすればいいか。つまり、わざわざ働きにきたくなる場所がこれからの会社には求められています。そのお手本となるのが、JBSのオフィスや社員食堂です。
「どうやって社員をオフィスに呼び戻すか」に頭を悩ます経営者は少なくない。なぜ呼び戻したいかといえば、コミュニケーション不全を解消し、生産性を高めたいからだ。このあたりのリアルな事情や、JBSが工夫を重ねて作った虎ノ門ヒルズの広大なオフィスについても本書で紹介されている。
では、みんなが出社したくなるような声を掛け合えるオフィスの、社員食堂とはどんなものなのか。JBSの社員食堂づくりを任された総務部長のS氏は、当初は社員食堂の専門業者に委託したが……?
食堂の設計もメニュー作りも順調に進み、試食会も行いました。後は工事のスタートを待つばかりという段階で牧田社長に報告すると、その表情が冴えません。何か言いたげな様子です。Sさんは理由を尋ねました。「夜にお酒を出したいと言うのです」
夜にお酒やおつまみを出してくれる社員食堂は珍しいとはいえ、ゼロではない。お安い御用とばかりにS氏が準備を進めるも、牧田氏はさらに何か言いたげ。やがて牧田氏が目指している社員食堂の凄まじさがわかってくる。
しばらくして牧田氏は、飲食店関係の店舗設計を得意とする会社の担当者を連れてきました。そして「提案に加えて欲しい」と言ってきたのです。(中略)
牧田氏が連れてきた会社の設計図は、まさに飲食店のそれで、社員食堂には見えません。そこでSさんはようやく気づきました。「社長は社食じゃなくて、飲食店を作りたいんですね?」。すると牧田氏は「そうだ」と答えました。
(中略)
飲める社員食堂。ただし、「社員食堂の割には」というレベルでは意味がありません。ルーシーズを任されたSさんは、「外の店と勝負して勝たなければだめだ」と覚悟しました。
というのも、場所は虎ノ門エリアのど真ん中です。一歩出ればおしゃれでおいしい飲食店はたくさんあります。仮に同じレベルであれば社員は外の店に行くはずです。
「気軽に社員同士がコミュニケーションに使える場」を作るのに、ここまでの本気と苦労が必要なのかとクラクラしてくる。だが、その本気にこそ、牧田氏の経営スタイルである「カスタマーファースト」の思想が垣間見えるのだ。それはメニュー構成からごはん粒一つにも宿っている(本書は非常にお腹の空く本でもある)。さらに、それら全てが「投資」であることが本書では述べられる。
「これなら皆、喜んで食べに来てくれるだろう」
牧田氏のカスタマーファーストの凄さは、社員食堂の名前からも感じられる。会社の名前はJBSなのに、社員食堂につけられた名前は「ルーシーズ」。ルーシー?
実は、“ルーシー”は、JBSの社員にとって「忘れがたい名前」なのだ。それは、かつてJBSのオフィス「出勤」し、みんなに大切にされ、愛されていたゴールデンレトリーバーの“ルーシー”。白い毛並みで、賢くて、いい子なルーシーはすでに世を去っているが、多くの社員がずっと覚えている大切な存在。
「社員食堂に名前をと思って考えたら、ふとルーシーの顔が脳裏に浮かんだのです。ルーシーの食堂、これなら皆、喜んで食べに来てくれるだろう。社員をもてなす場所として、これ以上ふさわしい名前はないと思いました」(牧田氏)
多くの人の心をギュッと掴むエピソードだ。そう、ページのあちこちから、牧田氏の人の心を掴むカスタマーファーストの思想が伝わってくる。それは本書でルーシーズの物語と共に丁寧に述べられているJBSの歩みからも感じられる。
ルーシーズのような社員食堂を作りたいと、多くの企業関係者が視察に訪れます。しかし、やるかやらないかは、当事者の熱量の問題です。牧田氏の熱量の源泉は、やはり人への思い。
熱量と行動力に満ちた熱い本だ。「人への投資」への覚悟と、血の通った人的資本経営を知りたい人はぜひ手に取ってほしい。
「遅咲きの大型ルーキー」
2022年8月2日、創業32年目にして初めて株式上場を果たした「日本ビジネスシステムズ」。通称JBSは虎ノ門ヒルズに本社を構え、売上高860億円(2022年9月期)、社員数2000人の大企業。企業向けのクラウドシステムサービス会社で、一般の人は名前を聞いてもピンとこないかもしれないが、「マイクロソフト ジャパン パートナー オブ ザ イヤー」を10年連続受賞するなどIT業界のトップランナーだ。
「日本一の社員食堂」
社長の牧田は、2014年に本社を虎ノ門ヒルズに移転したタイミングで、ほとんどの役員が反対する中、それを押し切って日本一の社員食堂「Lucy’s CAFE & DINING」(ルーシーズ)を作った。陳健一氏から伝授された「本格麻婆豆腐」をはじめ、米の炊き方から日本酒のラインナップまで社食のレベルをはるかに超えるこだわりだ。
システムインテグレーター企業で、社員のほとんどがエンジニアとして客先に出向している同社に、居酒屋のような飲める社員食堂は必要だったのだろうか。一見矛盾するようにみえるが、ここには牧田社長のしたたかな成長戦略がある。
多くの企業が、コロナ禍を経て「効率化」「リモート化」を目指す中、従業員を活かし、満足性を高め、コミュニケーションを通じて従業員と会社の成長を促す、それが「牧田流経営」なのである。
たった一人の創業から株式上場までを徹底的に取材し、会社という「場」と「人財」にこだわる経営哲学を解剖した一冊。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori
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