サウナで「ととのう」と何がおこるのか?
『マンガ サ道~マンガで読むサウナ道~』は不思議な作品だ。めくってもめくっても蒸したオッサンが出てくる。そして人間が蒸されているというのに暑苦しさがまるでない。むしろ清浄でおだやか。先日6巻が出た。大人気だ。
汗びっしょり。空気が、蒸気が、オッサンが、かがやいている。
今回紹介する『マンガ サ道 forビギナーズ』は、『マンガ サ道』の1巻~5巻からチョイスされたエピソードを収めた傑作選。作者のタナカカツキさん(日本唯一のサウナ大使を務める人物でもある)によるセレクションだ。
「サ道=サウナ道」が気になりはじめた初心者は、まずは「forビギナーズ」と銘打たれたこちらを取り急ぎ読むと「サウナ、なるほどね」となるだろう。医師によるスペシャル解説まで付いており手厚い。
繰り返すが本当に不思議なマンガなのだ。基本、人間が汗だくで蒸されるか涼んでいる場面がいっぱい出てくる。
サウナ室で蒸し上がった彼らは水風呂に浸かる。14度とかそんな温度のキンキンに冷えた水だ。そして再び蒸されにサウナ室へホイホイ戻る。これを何度か繰り返したのち、休憩すると、やがてこんな状態がもたらされるのだという。
快楽物質に溺れるド恍惚のオッサンの脳内にでかでかと輝くサイケデリックな「ととのったー」の文字。こんなバキバキなのに違法じゃないのがすごい。人間は、サウナでしかるべき手順を踏むと「ととのう」らしい。
サウナでととのえばオッサンの意欲だって息を吹き返す。
ととのいを求めて灼熱のサウナ室にジーッとこもり、やがて汗をキチンと洗い流して水風呂へ向かうオッサン! 彼らにとってサウナの暑さは我慢するものなどではない。快楽への正しいステップなのだ。本作はととのいの作法を説きつつ、ド恍惚のふかーい世界を見せてくれる。
つるつるテカテカの老人がサウナで語る精神文化。私も聞きたい。なお、本作も本稿もオッサンオッサンと連呼しているが、サ道は老若男女どなたでも楽しめる。
オッサンの小さな思いやりがオッサンへ
サウナを習慣にする人たちの多くは「サウナに行くと、仕事がはかどる」と確信を持って話す。
サウナでととのうのは、とっちらかった自分の人生や仕事ではなくて、それらを捉える本人の肉体と精神だ。散歩やランニング中に仕事のブレイクスルーをひらめくのと似ているかもしれない。
散歩と異なるところは、サウナはコミュニティであるという点だ。ひとつの空間に多くの人がととのいを求めて集う。だからこんな静かなドラマも生まれる。
サウナ→水風呂→休憩のために屋外の休憩スペースへ。この休憩スペースは「ととのいスペース」と呼ばれる。サ道にいそしむ者は、みなここで快楽物質に溺れるのだ。で、そんな心地よいものは当然流行(はや)る。サウナは連日にぎわい、ととのいスペースのととのいイスが満席の日も。すると、
オッサンやさしい!
ととのった人のさりげない思いやりが別のオッサンにバトンのように手渡され、美しいととのいを生み出す。そこからさらに次のオッサンへと思いやりバトンが渡り、いつか世界は素晴らしくなる。映画「ペイ・フォワード」のようだ。
「サウナを好きになった君へ」もそんなやさしさを感じる回だ。サウナ大使・タナカカツキからサウナビギナーへのメッセージはとてもあたたかい。
ささいな変化を見つけ、それを愛でる。光の粒がまぶしい。
サウナ大使は同じサウナに通うことの素晴らしさとともに、別のサウナに足を運ぶ楽しさも伝える。旅先でいろんなサウナを試すのは面白い。水風呂の温度ひとつとっても違うからだ。私にとっていろんなラーメン屋さんでラーメンをしみじみ味わう幸福と近い。
さらにこんなことも教えてくれる。
サウナの魅力を語るマンガで「サウナ施設じゃなくてもいいんだ」を説くのがサ道。参りました。大好きなものを追い求めるっていいな。ととのってる人の生活と内面にふれることのできる大らかなマンガだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。