転生するなら何になる?
転生できるなら野心丸出しで転生するし、だから人間よりもうんと頑丈でめちゃくちゃ強い生き物になりたい。でも食物連鎖のトップにいてもきっと安泰じゃない。だって、めちゃ強そうな恐竜だって既にいなくなっちゃったし。生物の世界は、気候変動や疫病や他の生物の影響でゲームチェンジが起こる。それはファンタジーの世界だって同じだと思う。ほら、ドラゴンが現役バリバリな作品もあれば「伝説のドラゴン」なんて引退扱いされてる場合もあるでしょ。あいつらだってアッサリ滅びうるんですよ。
そうなると本作の主人公の“俺”が転生で選んだ“もの”は、ゲームチェンジ力が抜群で、結構ありだなと思う。
彼は“ウォールラット”に転生した? いいえ、彼は異世界で“ウイルス”に転生したのです。
本作の題名は『ウイルス転生から始まる異世界感染物語』。とある男がウイルスとして転生し、異世界で覇権を取ろうとする物語です。ミクロなんだけどロマンがある。
前世でいったい何があったら転生でウイルスをチョイスするんだよとは思うけれども、転生後のライフプランが「派手に暴れる」だとしたら、彼の目の付け所は非常にセンスがいい気がする。
悪い! 目に見えないくらい小さいし、生命なのかすら謎だけど、地球上の強烈なゲームチェンジャーであることは確か。やだな~。
ちなみに本作は2018年に原作小説が発表され、2019年からコミカライズが始まった。いま私たちの日常を悩ませている新型コロナウイルス感染症がきっかけで生まれた作品ではない。ウイルスって人間なんかより遥か昔から地球上でウロウロしている輩(やから)なんだよなあと思いつつ読んでほしい。
ミクロな異世界から成り上がれ!
本作は、生物の授業で習ったウイルスの仕組みをちらほら思い出しながら読むといっそう楽しい。
まずはじめにウォールラットと呼ばれる小さなネズミに感染した“俺”は、ウイルスとして宿主(ウォールラット)の体内でどうふるまうか。
宿主の細胞の中に入り込み、RNAを複製し始める。そして本作の世界では“俺”は宿主を乗っ取れる。強烈なウイルスだ。便利。
そして異世界あるあるの「どこからともなく聞こえるアナウンス」で、ウイルスのスキルが告知される。これが楽しい。しかも「現在のあなたの所有する」とわざわざ言っているので、スキルは今後ウイルスらしいやりかたで増えていくんです。便利。
ちなみに宿主を乗っ取ったあともウイルスの視点に切り替えることが可能。やっぱこのウイルス便利!
ところで、転生ものは「前世のスキルが役に立つ」のが大変おいしい。ウイルスとして転生しちゃった“俺”は、前世で何をしていたのかというと……、
製薬会社の研究員だったんですね。納得。この職歴が異世界でのウイルスライフを助けているわけです。
そして、この製薬会社の研究員がウイルスとなって最終的に辿り着きたいのは「人類」。が、いまはウォールラットを感染させただけ。さあウイルスよ、どうする!
そう、次の宿主を探すのです。もっと強くて、もっと遠くに移動できる生物に感染すればよい。インフルエンザウイルスだって生物の種を乗り越えて人類のすぐそばまでやってくるもんなあ……。本作はウイルスの成り上がりファンタジーで、読んでいるとこのウイルスを応援したくなるんだけども、ときどき我が身を振り返ってゾワっとなる。やみつきだ。
人間だってゴブリンだってウイルスに感染する
本作はファンタジーの味付けとウイルスの基礎知識の交叉がとても楽しい。
いろいろあってやっと人間(しかもかわいい娘さん)に出会えたウイルス。人間に感染してゴール目前かと思いきや、初手では襲いかかりません。
ウイルス、かしこーい! たしかに人間ってガチでウイルスと戦ってますからね。やっぱ前世の知識が役に立ってる。
そしてここは異世界なので、人間だけじゃなくゴブリンだって暮らしている。しかも一人称が「オデ!」っていうコテコテなゴブリンで、無骨だけど憎めない奴ら。で、ウイルスは持ち前の知恵とスキルを駆使し、少しずつゴブリンの世界を掌握します。
こんなゴブリンの王みたいなやつが宿主なのに製薬会社の研究員としての顔がちょいちょい現れるのがかわいい。彼の壮大な冒険(実験)が上手く拡がっていくといいなと複雑な気持ちで応援している。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。