忘れたくない少女まんが
はじめて『ぼくらのスタア☆ガール』を読んだ夜は明け方まで眠れなかった。
この美しい女の子と、彼女がいる教室を思うと、ぐっすり寝てる場合じゃなかったのだ。彼らと並走しているような気持ちになる。
いい本を読んだあと眠れなくなるパターンはふたつ。ひとつは「続きはいつ出る?」と調べてめっちゃ先でショックを受けて悶々とするとき。もうひとつは「いま読んだこの1冊のことをずっと考えてしまう」とき。後者のほうが眠れない。なぜなら、それはすでに手元にあって、ずっとこちらを見ているからだ。その緊張感を手放して寝てしまうなんてもったいない。
ほんと、未来がかわっていく少女まんがだった。忘れたくないなあ。もちろん2巻も待ち遠しいけれど、私はこの1巻がひたすら好きだ。
転校生は国民的美少女の天才女優
舞台はとある田舎町の中学校。新3年生のクラスにある少女が東京から転校してきます。
このページだけで「あ、ふつうじゃない」とわかるんですよね。田舎の中3の教室にスカラップのショートブーツを履いてふわふわの髪の毛で現れる女の子。
彼女は“橘伊央(たちばないお)”。天才子役から国民的人気女優に成長したスターです。伊央はとある事情で転校してきました。もちろん教室は大騒ぎ。
勝手にマネージャーと化した男の子は“嘉次郎(かじろう)”。この町一番の伊央の大ファンです。嘉次郎の凄まじい舞い上がりっぷりにも、他の生徒からのぶしつけな態度にも、伊央はいやな顔ひとつ見せません。ニコニコと天使のように振る舞います。パーフェクトすぎる。
……そう、このパーフェクトすぎる伊央と教室の滑稽さに、私たちは「あれ?」となるんです。
裏表もない天使みたいな子……?
『ぼくらのスタア☆ガール』の魅力は「裏表」。伊央の職業は? 女優ですよね。さあ、伊央の帰宅後の風景はこんな状態です。
ひ~~~! キッツ! でもこう言いたくなるくらいクラスは騒々しかったし、ちょっとわかる。(まあ言い過ぎだけど……)
つまり、伊央は、かなり性格に難のあるスターなのです。
そんな伊央の「裏の顔」は、とある同級生に即バレします。
宮大工の息子、“海里(かいり)”です。伊央に向かって顔色ひとつ変えず「気持ちわるい」と言い放ちます。で、そんなこと言われちゃった伊央はご覧のとおり。驚異的にタフ! さすが芸能界の覇者。なので、ちょろいと言わんばかりに猫をかぶり続けようとして……?
ほどなくして伊央の本性が教室中にバレます。冷や汗がでる! 「凡庸な田舎者め!」とバカにする東京育ちのスターvs.田舎の中学3年生……ヒリヒリする。たまらなく面白い。
「性格が悪い」って言わないで
本作が描く「裏表」は伊央の二面性だけじゃありません。
伊央と他の女子の服装に注目。スターは学校のイモいジャージなんて着ません。クスクス笑う女子はがっつりジャージです。じゃあジャージ組は「ダサくて、性格の悪い子」なんでしょうか? スターは「気取った、性格の悪い子」なんでしょうか?
本作は伊央以外の子にも光をあてます。つまり、みんなの明暗のゆらぎを切れ味よく描くんです。鋭いのにやさしい。
10代の頃って「あの子は性格が悪い」と安易に言い合うことがすごく多いんですが、あのどうしようもない感じを本作は漏らさず描いて、でも決して「アナタは性格が悪い」と断じることなく、さりげなく救い出します。だからこの本が忘れられないです。誰かからの「あの子は性格が悪い」に胸を痛めた人に読んでもらいたい。上等だわとガッツが湧きます。
中学3年生といえば子どもから大人へのグラデーションが始まる季節でもあります。このあいまいで切ない空気のなかで、ジャージ女子も嘉次郎も海里も生きているんです。
それは伊央も同じ。スターだけど中学3年生の伊央は、どうして東京から田舎に来たんでしょう? この透き通った目をした女の子は何を考えているんだろう。
彼らの未来がどうひっくり返るのか全くわかりません。Netflixのドラマのやめられなさと似ています。でも、1巻を読み終わるころには、作者には繊細で楽しい設計図があるのだなとわかります。だから恐れず身をまかせてハラハラするつもりです。すべての裏表が愛しくなる。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。