この毒は知ってるかも
「私のほうがあなたを好き」は、のぼせ上がった状態というかある種の「毒」でアタマがやられないとお目にかかれない台詞だと思う。
『今夜は月が綺麗ですが、とりあえず死ね -last-』も「私はあなたのことが好き」と「私のほうがあなたを好き」の物語だ。異能者たちによるスプラッターサスペンスだけど、あちこちで「好き」が毒々しく炸裂している。この「毒」には身に覚えがほんの少しだけある。なんだっけ。「とにかく好きなの!」でアタマがいっぱいで、相手のことはお構いなしで、ちょっと変な時のあのドライブ感だろうか。
前作『今夜は月が綺麗ですが、とりあえず死ね』は、それはそれはグロテスクで退廃的で死屍累々な学園スプラッターでした。校舎も粉々。本作はその最終章にあたります。引き続き血だらけで、死者も増え続ける一方。絵が綺麗だから血しぶきが映える映える。それなのにドン引きせずにウンウンと楽しく読んでしまうのはなんでなんだろう?
恋が殺意になる病“ID”
主人公“神城卓(かみしろたく)”は高校2年生。
“ID(Intellect Destruction)”と呼ばれる感染症に冒されています。IDは簡単にいうと「好きな相手を殺したくなる」病気で、罹患した人は好きな人への殺意に苦しみます。
また、症状が進行すると何かしらの「ギフト(能力)」に目覚めるんです。ほら、ラブソングで「君がいたから強くなれたよ」的な歌詞がありますよね、あれの過剰版です。IDの感染者たちはチートに近い異能者になってしまいます。神城くんの場合は「視力」。
いろいろ見えてます。
そんな神城くんの「好き」の対象が“花園魅香(はなぞのみか)”。
花園さんもID感染者で、2人は両思い。今は仲良く足湯に浸かっていますが、前作では彼らの好き(殺意)と好き(殺意)がぶつかり合って大惨事に。本作でつかの間の休息……かと思いきや、2人は「共に死ぬ」ために旅をしています。
彼ら、めちゃめちゃ強いんです。しかも花園さんはIDにおいて特別な存在。そんな2人が出した答えが「共に死ぬ」なのですが、諸事情あってまだ実行できていません。
で、圧倒的な強さとポテンシャルを秘めた2人を世界が放っておくはずもなく、IDにまつわる組織や異能者がバンバン追っています。
最強のカップルを追うために組織のアライアンスも成立。
出てくる人間みんな濃い。特にこの口角クイックイッの“林優奈(はやしゆうな)”が好きです。可愛いくて賢くて、この軽妙さが不穏。
ということで、異能者たちがしっちゃかめっちゃかになって大忙しなんですが、“ID”にまつわる描写がちゃんと「恋」なんで良いんですよね。
好きな相手のそばにいると愛情(殺意)とチカラがみなぎり、
昔のことを思い出して好き(殺意)が盛り上がり、
好きすぎてクタクタ。みんな殺意ですごい顔になっているけれど、事情は手に取るようにわかる。
神城くんと花園さんというパワーカップルの描写も壮絶。2人の闘病は何かと気の毒すぎるんですが、ちょっと親近感を覚えてしまう。これ、「好き好き」と言い合うフェーズの先に待っているお話のように思えます。
それに、IDは「感染症」です。なので治療する方法や薬について考えている人は大勢いる模様。本作はその治療法をめぐる物語でもあります。
とはいえ、前途多難かつロクでもないことを考えている人も多そう。ああ、病気が治り次第ハッピーエンドだといいなあ……。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。