限界を決めるのは他人じゃない!
「走ること」に取り憑かれたスプリンターたちの物語
話題の電子コミックス『ひゃくえむ。』の単行本全5巻が発売決定!!
陸上競技をテーマに異例のヒット
陸上競技の漫画はヒットしない──出版業界にはそういう定説があるという。しかし、そうした中でも異例のヒット作となったのが講談社の電子書籍「マガジンポケット」で連載中の『ひゃくえむ。』だ。
『ひゃくえむ。』
コミックス5ヵ月連続刊行!
第1巻6月7日発売。第2巻は7月9日発売。3巻以降順次発売。
作:魚豊
定価:本体620円(税別)
KCDX(週刊少年マガジン) 講談社
タイトルの通り、題材は陸上競技の100m。しかし、この作品は単なるスポーツ漫画ではない。描かれているのは100mという競技に取り憑かれたスプリンターたちの“執念”にも近いような感情だ。
主人公のトガシは小学6年生で全国1位になった天才スプリンター。「足が速い」というそれだけで周囲に認められることを知っており、それが自分のアイデンティティだと信じていた。
しかし、中1で全中を制し、無敗を続けるにつれて「負けたらどうなるのか」という不安が大きくなってくる。勝ち続けないと自分の価値がなくなるのではないか、でも、ライバルとの実力差は年々縮まっていく――。勝者だけが知る孤独、追われる者の恐怖。一度栄光を手にしたアスリートの心境をリアルに描き出している。
一度の勝利は人生を変える
同時に、この作品は「なぜ走るのか」「走って何になるのか」というアスリートなら誰もが抱くであろう疑問をこれでもかと読者に突きつけてくる。廃部寸前の陸上部でただ1人練習を続ける女子選手の浅草。トガシと同じ地元の先輩で、中学時代に将来を嘱望された仁神。そして、トガシが小学生だった時に転校してきた小宮。走る理由はそれぞれだが、そこへ「能力の限界」という現実が襲いかかる。
しかし、一度知った勝利の味は忘れられない。たとえここが限界だと感じても、もがく姿を他人に笑われたとしても、自分はその先に見えるはずの世界を知りたい――。勝利の経験は価値観を変え、人生をも変えてしまう。『ひゃくえむ。』にはそんなアスリートの生きざまが描かれている。
100m走に打ち込むスプリンターたちの想いが描かれた作品『ひゃくえむ。』。主人公のトガシは勝つことでしか自分の存在価値はないと考えていたが、さまざまな出会いを経て少しずつ成長していく
陸上競技大会の場面はほとんど登場せず、努力を賛美するような泥臭い練習のシーンもない。それでも、読者はトガシの揺れ動く心を通じて、アスリートの「走ること」に対する熱い思いを知るだろう。作中に出てくるタイムも現実的で、作者が陸上競技を「わかっている」のが伝わってくる。陸上競技に取り組んだことのある読者なら、必ずどこかに共感できるポイントがあるのではないだろうか。
トガシとの才能の差を認めつつも小宮が放つ台詞が印象的だ。「君には勝てない」とわかっていながらも「なぜか納得してない」と言う。おそらく、この漫画に出てくる人物は誰も自分に対して納得していないのだ。探し求める「答え」がどこにあるのか、それがわからずに模索する姿に読者は思わず引き込まれることだろう。
アスリートだけでなく、多くの人に読んでもらいたい作品だ。
出典元:「月刊陸上競技」2019年7月号