「オレ、変態だからさー」みたいな問わず語りのカムアウトが電車の中や雑多な居酒屋の片隅から聞こえると「その大雑把な個人情報を今この場で爆音で申告するアタマとセンスは大変だな!」と思うし、ぜったいその声の主がいる方向は見ない。うつむいてしまう。何かしらのエクスキューズや自己主張として「変態」という表現を安易に使う人が苦手なのは、なんでなんだろう。
『桜庭さんは止まらないっ!』の“桜庭さん”と“芽依ちゃん”の恋愛模様は「ちょっとヘン」だ。でも、誰一人として「変態」や「マトモ」を自ら表明せず、抜群にかわいいまま、恋愛の、変態かつ王道な世界を繰り広げている。だからとても好きだ。甘いラブコメなのに「?」みたいな珍味が顔を出す。変態かくあるべしと思った。
どっちも止まらない
“芽依ちゃん”は高校1年生。とにかく彼氏がほしい女の子。
そんな「彼氏とにかくホシイ族」の夢見る芽依ちゃんの前に現れたのが“桜庭さん”。学校の先輩で、糖度高めなイケメンで、お勉強も校内ナンバーワン。しかも絆創膏まで持ってます。
出来すぎた桜庭さんからの「つきあおうよ」というフランクかつ唐突なオファーを、これまたフランクに「わかりました!」と秒で受け入れる芽依ちゃん。この時点ですでにどっちも「止まらないっ」んだよな……。
翌日から芽依ちゃんはルンルンです。だって彼氏ほしかったから。初デートに誘います。
漢字変換なし、3行にわたる長いお返事とかじゃない、取り急ぎ打った感じの「あいてるよ」の即効性。このラフ5文字だけでグッとガッツポーズできる。
が、夢の初カレである桜庭さんから芽依ちゃんへの好意のあらわれは、なんというか、ちょいちょいアブノーマルなのだ。
桜庭さんはヘンだけど
絵に描いたような理想の初デートの締めの一言すら早速コレだったりする。
芽依ちゃんには申し訳ないがゲラゲラ笑ってしまった。こんなのは序の口で、桜庭さんの謎アクションはずっと続く。
キラキラ系御用達のナイトプールでまさかのブサイク顔になった芽依ちゃんに(そんな顔になったのも、桜庭さんが原因だ)「その顔かわいいよ!」と大絶賛したり。
ブサイク事件の合間に、こういうキラキラな瞬間もあるんですけどね。
芽依ちゃんはドキドキしつつも「……あれなんだったんだ?」と首をかしげます。
流石にここで私も一緒になって首をかしげた。で、ハッと気づくのだが、この2人キスしていないんですよ。お泊りまでして未接吻! このカップルまともじゃない! ……と思いつつ、ふと立ち止まって考えてみると。「つきあったらキスをする」は一応メジャーな潮流ではあるが、じゃあ「まとも」なのか?
答えを探すために芽依ちゃんの行動に視点を戻そう。芽依ちゃんは「彼氏とにかくホシイ族」の子で、前の項で書いたとおり、高校生になったら彼氏がほしいし、おつきあいしたら当然「キス」が待っていると考えていた。ここまでは、地味な高校時代だった私でもストロングゼロの助けなしで我が事のように相づちをうてる。
が、よく知らない先輩から「付き合おう!」と急に言われて、急にオッケーする心理は、私にはわからない。「ビールください」と思う。芽依ちゃんのクラスメイトがあっさり言い放った「体目的だろ」というドライな一言に賛成だった。
でも、芽依ちゃんはそんな悲しい目に遭わず、恋をホッコリ楽しんでいるんですよ。たまに「?」だけど、「キモ」なんて一瞬だって思ってないし、むしろ「悪くないな」とニヤついている。
そう、「まとも」って、全然わからないのだ。説明できないし、こと恋愛においては「その概念いるか?」と思う。 だから「まともじゃない」はナンセンスだ。「“まとも”だからオッケー」なんて、自分の恋人に対して誰が思うか?
芽依ちゃん正しいよ。私が間違ってた。
「変態」のグラデーション
ついでに言うと「どこまでいったら変態ゾーンか」というのは、人によってグラデーションが違う。
たぶん、誰もが自分は道のど真ん中を歩いていると信じて疑わない。そして「エッ? こんなステキな大通りなのに、みんないないぞ? どうしちゃんったんだい?」と気づく。その道にいない外野からすれば「お前がどうしちゃったんだよ」なのだが、みんな少なからず外道だ。
私たちは、そのエッ?の瞬間に、自分が抱えるなにがしかの「変態」と対面するのかもしれない。とはいえ、大勢で行進しなくたって一緒に楽しんでくれる人が1人いれば幸せだ。桜庭さんには芽依ちゃんがいる。芽依ちゃんの妄想だってムクムク膨らみ続けている。どんどん2人だけの道を突き進んでドキドキさせてほしい。
この瞬間、桜庭さんはよりディープに変態なことを考えているかもしれない……。
それにしても、ああ、こんなにかわいくてルンルン読んじゃう少女漫画で、いったい私は何回「変態」って言ったんだろう。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。