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2016.11.11

レビュー

【問題作】80歳で家出、ネカフェに泊まり、恋再燃。傘寿まり子がすごい!

総務省の人口統計によると、平成25年日本の総人口における高齢者の割合は25%となり、過去最高を記録した。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、平成47年には全人口の33.4%、3人に1人が高齢者になるという。そんな中、80歳の高齢者を主人公にした漫画が発売された。四世代住む我が家で居場所を失ったまり子が、80歳で家出をするというロードムービー的コミックだ。『傘寿まり子』の作者である漫画家のおざわゆきさんに話をうかがった。

『傘寿まり子』著:おざわゆき(講談社刊)

家庭内で孤独死する老人

──第1話でまり子の友人が家族と同居していながら孤独死したのは驚きました。

おざわゆき先生(以下おざわ) あのエピソードは担当編集さんに提案してもらったのですが、最初は少し極端かなと思いました。いくらなんでも同居していて何日も死んだことに気づかないなんて、と。けれど生活リズムが違うことで家の中で核家族化が進み、個人ベースの生活リズムが形成されていく現代ではありうることなのではないかと思うようになりました。

──葬儀の席でまり子らが言ったセリフも胸に迫るものがあります。

おざわ あのセリフは、働くことも何かを生み出すこともできない、自分が必要のない人間になるとはどういうことかと考えた結果生まれました。歳を重ねていっただけなのにぞんざいに扱われる悲しみや憤り、そしてそんな時間が死ぬまで続くということへの足掻きでもあります。今は貧困や介護など高齢者を取り巻く問題が毎日のようにニュースで取りざたされています。最近ではデイサービスが増えたり以前にくらべて施設に入りやすくなったそうですが、費用が上がるなどして施設を出ざるを得ない人も増えているそうです。働いている人の状況も良くないですし内情はとんでもないところもあると思います。介護保険もどうなるかわかりません、これから高齢者にかかる世代は本当に厳しい。私は今50代ですが、60歳くらいの人も現実的に難しいところに突入していると思います。それで3人に1人が高齢者と言われたら自力で生きるしかない。けれど、辛いことばかり考えていてもなあ……と。第1話のラストで、まり子は終の住処(ついのすみか)だと思っていた我が家を家出します。どん詰まりの現実の突破口を開ける存在としてまり子みたいな人がいたらいいなと思ったんです。

老いのベテラン・まり子(80)

──なぜ60歳でも70歳でもなく、80歳のヒロインを描こうと思ったのでしょう?

おざわ 始まりは私の周りにいる高齢者の方が皆さんとにかく溌剌としているというところからでした。母が80歳ということもあり身近な年代だったというのも大きかったですね。私の中で80歳という年齢は、60歳くらいで老いを意識し始めたとすると、歳をとったという感覚が身近なものになっている、いわば老いのベテランです。平均寿命が伸びて人生80年と言われる中で、気力を持って自分の人生について考えられる一番最後の時期じゃないかと思うんです。

──まり子はとにかくパワフルですよね。家を出た後、住む家を探したりネットカフェに泊まったりしていますし、この歳で新しい世界にためらいもなく飛び込めるのはすごいなと思います。

おざわ それは彼女が長年作家をしてきたからというのもあります。飛び込むことにあまり抵抗がないというか、考えが柔軟なのが彼女の良いところです。普通選択肢としてネットカフェって出てこないですから(笑)。でも変に苦手意識を持たなければ、どこに行ったっていいし、行けると思うんです。実は私もネットカフェが好きでネタを考えたりするのによく行くのですが、静かですし皆さんマナーもとても良い。最近ではシニア向けのパックを用意しているところもあったりするんですよ。今後はカラオケ喫茶だけじゃなくて、お年寄りが個別に自由に振る舞える場所も増えるのではと思っています。

──家を見つけられないまり子が、若い頃の憧れの男性と同棲を始めるという話も驚きました。それが老いらくの恋というにはあまりピュアというか、まるで2度目の初恋のようでときめきます。

おざわ 高齢者の恋愛ものって普通に書くと生々しくなっちゃうんです。若い頃のように何もかも投げ出して相手に合わせることは出来ないですし、この年齢だと遺産とか介護の問題とか色々あります。だからそうじゃない形にしたくて。そういう人たちだってロマンティックな思いがあってもいいじゃないですか(笑)。もともと歳をとったら“そういう人じゃなくなる”というイメージに違和感があって。恋愛を引退するなんて本人たちは言ったこともないのになんでそうなってしまうんだろうって。

歳を取っても仙人にはなれない

──平均寿命が延びて定年退職してからの時間が長くなったことも、周囲と当事者たちの意識のズレを生んでいるように思います。『傘寿まり子』を読んでいると、「幸せな老後とは?」と考えさせられます。

おざわ まり子は子供と同居していて終の住処もあり、仕事もあって身体も動きます。幸せな老後の形として、それはこれからも変わることはないと思っています。けれど子供たちに自分のいる場所をちょっとずつ譲っていかなければならない状況を幸せだと感じられない人もたくさんいるはずです。そこに甘んじることができない、パワフルな人たちですよね。まり子にも色んなことにチャレンジしていって欲しいと思っています。

──まり子の前には、今《仕事》《恋愛》《ペット》といくつもの選択肢がありますよね。どれが彼女に生きがいを与えてくれるのか気になります。

おざわ 現実問題としてはこれを選べば幸せになれるという答えは出ません。ただ彼女は作家なので作品を請われて書くというのは幸せだと思います。現役だというのは自信が持てますし、何より必要とされるってやっぱり大事ですから。まり子には、あまり枯れたくないという私の願望も込められています。お年寄りだからってこぶ茶好きじゃなくてもいいし、好きなものも別に古いものばっかりじゃなくていい。おばあちゃんらしくする必要なんてないんです。一人で放浪している時、まり子が「弱者の自分を乗りこなせ」と言っていますが、身体は衰えていますし、色んな意味で立場的に弱者であることは変えようがないわけです。だから彼女にはそれを受け入れてその中でベストな生き方をして欲しいと思っています。

──まり子の生き方は精力的で、まるで冒険をしているようです。やりたいことや欲しいものなど、自分の欲求に対して結構貪欲ですし。

おざわ この漫画を描くにあたり、ご高齢の方のエッセイを読んだりしたのですが、物も欲も持たず、近所の人とは平等に仲良くし、ご飯は手をかけて栄養のあるものをちょこっとだけ食べるみたいなことが書かれていたんです。正直、こんな達観した仙人みたいにはなれないと思いました(笑)。皆が皆これにはなれないよねって。歳を取っても自分の持っている感覚がガラッと変わるわけではないですから。人間、意外とそのままなんですよ。そういった感覚や煩悩を持ったままいかにして生きるかというひとつの例として『傘寿まり子』をみていただければと思っています。その結果として、この漫画を読んでくださった方が、80歳になるのも悪くないかなと少しでも感じていただけたらうれしいです。

おざわゆき氏

(取材・撮影/松澤夏織)

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