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2025.11.26

レビュー

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【神BL×超BL】すべてのオタクに捧ぐ同人誌シスターフッドコメディ!『新刊100億冊ください』

「推し活」がNHKをはじめとする大手メディアでも頻繁に取り上げられ、世間に広く認知されるようになった現在。以前に比べ、はるかにポップなカルチャーとして受け入れられるようになってきています。それでも当事者にとっては、たとえば映画鑑賞や料理、スポーツといった趣味とは違い、堂々開示するのは抵抗があるというケースも多いのかもしれません。

本作は、そんな「推し活」を軸に、叔母と姪の交流を描いた作品です。主人公は、ブラック企業を退職し、実家に舞い戻った柳周子(やなぎしゅうこ)、29歳無職。実家には、離婚した姉とその娘の柳舞子(やなぎまいこ)、15歳高校生が住んでおり、母と姉、姪との4人生活がスタートしたところから物語は始まります。

幼い頃はともかく、成長した舞とは接点がなかった周子は、気まずさ回避のために積極的に声をかけるも、クールでそっけない舞の対応に落ち込む日々です。

実は周子には、まわりに隠している秘密がありました。それは、趣味でBL同人作家をしているということ。無職となった今、ブラック企業時代には満足にできなかった同人活動に精を出す気マンマンです。

一方の舞。クールビューティな彼女にも、誰にも言えない秘密の趣味が――。
互いを同じ島の住人だと知らずに暮らすふたりに、運命の瞬間が訪れます。それは、夕飯の用意ができたことを伝えに、舞が周子の部屋を訪れたときのこと。あいにく周子は不在。ふと部屋を見渡すと、なんだか見慣れたモノが!
クールな姪に、アラサーニートな叔母がオタクだとバレるなんて、周子からすれば最悪のシナリオ。でも舞は、叔母が神絵師・アジオというミラクルに、大興奮。「アジオの作品が生きる希望」という舞の想いも周子に伝わり、これまでぎくしゃくしていたふたりが、晴れてオタ友という関係性を築くことに成功。

こうしてひとつ屋根の下、ふたりの新たな推し活ライフが幕を開けます

“オタクあるある”描写に思わずニヤリ

ふたりがハマっているのが、劇中作となる少年漫画『オーバーラック』。周子(アジオ)が描く同人誌も、この作品の二次創作です。舞が推しキャラ・大師堂堅(だいしどうけん)の魅力を語るこのシーンに注目してください。
「オタクは推しを語るとき早口になる」という状態を、フキダシ一杯の文字で表現するパターンはこれまでにも多くの作品で描かれてきました。しかし、ここまで文字を詰め込むとは。老眼な身には厳しいフォントサイズながら、舞がどっぷりと沼っており、相当コアなオタクであることがビンビン伝わってきます。

舞の「これが私のオタク道」が清い

作中、ちょくちょく出てくるのが、舞のオタクとしてのポリシー。まだ15歳、ピュアに推し活をまい進する、その姿が微笑ましくて応援したくなってしまいます。

たとえば、彼女が1万人のフォロワーをもつ神絵師・アジオのSNSをフォローしていることを知った周子が、ある提案をする場面。
「解釈違い過ぎる…!」と言い放ち、フォローを拒否。親戚ゆえの特別扱いなど受け入れられないと断る舞の、神に対する平民オタクの立場をわきまえたこの振る舞いには思わず心の中で力強く頷いてしまいました。

さらに、推し漫画『オーバーラック』がシール付きお菓子とのコラボ商品を発売した際のこと。舞の「開封式(※)をやりたい」というリクエストに応え、ふたりはコンビニへ。無職とはいえ元勤め人な周子は、その財力で大人買い。舞の分も買ってあげると提案するのですが……。
※購入した商品をある種の儀式のように開封して楽しむ行為。ランダムグッズの場合は、どの商品が入っているか一喜一憂するというイベント性も付与される。
清く正しきオタク道。これからの長い人生、推し活も長く続けるなら絶対に守るべきスピリットです。舞よ、このまま素直に、まっすぐなオタクとして育ってほしい……そう願わずにはいられません。

オタクなら共感!? 笑いの中に潜むエモ描写!

推し活あるあるやオタクならではの沼っぷり描写についつい笑ってしまう本作。しかし、それだけではありません。良質なコメディには、実はグッとくるエモーショナルなエピソードも不可欠。

とある理由で落ち込んでしまい、悲しい涙を流す舞。彼女に悩みを打ち明けてほしくて、周子はこんな行動に出ます。
私は(当然ですが)『オーバーラック』も大師堂堅も知りません。それでも伝わる、「推し作品の名シーンを再現するザ・オタク」。涙する十代少女に相対する大人のすることじゃない……というズレの可笑しさによるギャグシーンにも見えます。でも、落ち込んで心を閉ざす相手に、何かできることはないかと考えた周子が選択したのは、相手の推しキャラのセリフを表情込みのガチ引用で、本心を引き出そうとするオタク同士ならではの熱いアプローチ。

このシーンにクスっと笑いつつも、共通言語を持つ者だからこそ生まれるパッションとアクションに、グッときてしまうのです。キラっと表情を輝かせリアクションする舞、そして「痛オタクムーブしちゃってごめんね…」と謝る周子まで含めて、オタクの愛と友情溢れる1巻屈指の名シーンだと勝手に認定します!

アラサー無職と現役女子高生というコンビ、そして舞のクールビューティ&ガチオタクという、ふたつのギャップが生むグルーヴとともに紡がれるオタク同士の推し活ライフは、葛藤を抱えながらそれでも好きなものを追いかけるオタクの性を描いた、まさに人間ドラマ。

表紙カバーをめくって出てくる本体表紙には劇中作『オーバーラック』1巻表紙が描かれているという、オタク心をくすぐる仕掛けも込みで、推し活経験者必読の1冊です!

レビュアー

ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。

X(旧twitter):@hoshino2009

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