佐良木佐ノ介は、ダメ男の類である。大学寮の寮費を3ヵ月分滞納し、バイト代を珍しい初版本に注ぎ込み、今やホームレス同然。そんな彼に、高校教師をしている従姉妹の彩葉が救いの手を差し伸べる。佐ノ介はダメ男であるが、こと文系科目においては秀でたものを持っている。それを見込んで、住む場所を提供する代わりに、ある生徒の先生をしろというのだ。その生徒の名は……。
小鉢古春は、ポンコツの類である。科学雑誌「Science」に論文が載り、国際物理・科学オリンピックW金メダルを得るほどの理系の天才だが、文系科目はからきし。いやゴミカス。赤点を取り続けて高校5年生の20歳で、佐ノ介とはかつての同級生である。理系の道では、大学院を出て博士号を取ることがスタートラインだ。彼女ほどの才能があれば、きっと将来は華々(はなばな)しかろう。ゆえに学校側としては「とっとと卒業してほしい」のだが、彼女は文系の才能を爪の先ほども持ち合わせず、教諭どもは匙を投げてしまう。そこに突っ込まれたのが、ダメ男の佐ノ介というわけだ。それも小鉢古春と同居という条件で。
なぜに同居が必要なのか?
「国語を解くとき、人は無意識のうちに人生で経験したことを糧にしている」というのが、従姉妹の彩葉の考えである。
小鉢古春は、研究に没頭すると数時間、いや数日くらいは普通に時間がすっ飛ぶ人である。まわりの生徒は「えらい」「レベチ」「小鉢さんの邪魔しちゃ悪い…」と思い、彼女に近づかなかった。ゆえに彼女は友達を作れなかった。彼女は「作ろうとすれば作れた」と言い張るが、それは無理筋だったろう……。
だ~か~らといって、今となって佐ノ介と同居させるのはいかがなものか? 同居して人と触れ合えば、文系脳は発達するのか? などと四角四面のことを言うつもりはない。この漫画は同居系ラブコメなのだ。それに小鉢古春は、なんというか……、その……、豊満なのである。
これで条件は揃った!
ダメ男とポンコツ女子を家に押し込めてガラガラポン。
これで面白くならないわけがない。
小鉢古春は、ちょっと面倒くさい女性である。好きな「科学」についてなら、何度失敗しようが最後まであきらめないが、苦手なことには頑張れない。いつも逃げてばかり。そして高校5年生。
超・自己肯定感低めな人かと思いきや、ちょっとおだてると……
これである。なんというか、その……、お調子者なのだ。ここまで振り切ったお調子者が、ラブコメのヒロインになることは稀有である。これは多分、作者の好みなのかもしれない。そして困ったことに、私も好みである。
さらに欲深な作者は、ここに定番にして強力な布石を打つのだ。それはライバルの登場! しかも、佐ノ介のライバルとなる男性ではない。まだ小鉢古春は佐ノ介にLOVEのLも抱いていないにもかかわらず、女性のライバルを登場させるのだ。彼女の名は、東雲雪那(しののめせつな)。
佐ノ介の大学の先輩で、ツンデレの類である。彼女は文学部で日本文学を専攻し、(ここだけの話だが)学内広報誌「群青」で『バターナイフでさようなら』を連載する作家・すめらぎでもある。将来有望な作家の卵、ゴールド・エッグがデフォルトで佐ノ介に惹かれている……。これでは天才理系女子と天才文系女子による、あだち充大先生の『みゆき』状態になってしまうのではないか? しつこいが、まだ小鉢古春は佐ノ介にLOVEのLも抱いていない……が、その予感しかない! いまいましき佐ノ介め。
東雲先輩の展開も気になるのだが、今はなにより小鉢古春の国語力アップが重要である。佐ノ介の見立てでは、彼女に足りないのは心理描写の理解と情景描写。しかし小鉢古春は言う。
「私が国語を解けないのは、私が普通の感覚を持っていないから…だと思うんです」
「なので佐良木君に普通の高校生の放課後を体験させてほしいのです」
と訴える小鉢古春の求めに応じ、町をうろつくふたり。そして行き着いたのは橋の下。そこで夕日を見た彼女がこう言うのだ。
文学の世界では…夕焼けっていうのは
6000度の太陽のことでも
大気中に散乱する可視光線のことでなくてもいいんだ
檸檬が爆弾になったように
この世界を滅ぼす光であったっていいのさ
そうなのだ、文学とは世界のとらえ方なのだ!
そして文学への興味は、心を動かされた瞬間に芽生えるのだ!
ダメ男のくせにカッコいい佐ノ介。これをきっかけに、小鉢古春の文系脳は目覚めるのか?
佐ノ介にはあんまりカッコよくなってほしくないなと思いながら2巻を待つ。
レビュアー
嶋津善之
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。