夢枕獏によれば、「チームバトルの手法を発見したのは山田風太郎」だそうである。
真偽のほどは知らない。だが、風太郎以前の表現にチームバトル形式を採用したものがあるかというと、ちょっと思いつかない。チームバトルはやはり、風太郎の発明品なのかもしれない。
だとすると凄くないか。
今、「ジャンプ」でも「マガジン」でもいい、少年マンガのほとんどが、チームバトル形式を採用している。史上もっとも人気を勝ち得た作品『ワンピース』にしてからが、チームバトル作品ではないか。主人公は「麦わらの一味」というチームのリーダーであり、彼の冒険はそのまま「仲間とともに敵チームを倒す旅」なのだ。
ゲームだってそうだ。RPGの多くはパーティーを作って戦う。そのほうが飽きが来ないしユーザ選択の余地があるという物理的理由もあるだろうが、チームバトルのおもしろさが採用されていることは否定できない。
プロレスしかり、アニメしかり。日本のエンターテインメントの多くが、チームバトル形式を採用しているのだ。
言いかえれば、山田風太郎の恩恵に浴しているのだ。スタイルに著作権があれば、大儲けできただろうな。
『十』は、副題にもあるとおり、山田風太郎の最高傑作といわれる『魔界転生』のマンガ化である。
このタイトルを聞いて、即座に若くて色気ある沢田研二の姿を思い出すのは、オッサン・オバサンの証拠だが、この大ヒット映画の果実も、取り入れられている。
映画との大きなちがいは、尺その他の問題があってどうしても改変せざるを得なかったストーリーを、原作小説に近づけている点。
せがわまさきは、まさにチームバトル形式で描かれた最初の風太郎忍法帖『甲賀忍法帖』のマンガ化『バジリスク』から、『Y十M』『山風短』そして今回の『十』と、次々に風太郎作品をマンガ化してきた。コミカライズという言葉が一般化する前から風太郎作品に取り組んでいる。
山田風太郎ほどの作家になれば、当然、ファナティックなファンがいる。要するに、めんどくさいうるさ型だ。
せがわが四作も連続して風太郎作品を描くことができているのは、こうしたファンが納得いくマンガを描くことができているからだろう。要するに、小説読者が脳内で組み立てた登場人物像を裏切ってないってことだ。
簡単なことじゃないよ、これは。
せがわが成功した最大の理由のひとつは、風太郎作品に横溢するエロティシズムを、きちんと描くことができているからだろう。
風太郎の小説作品は、エロい。
「山田風太郎は大人のメルヘン」と語ったのは作家・有栖川有栖だが、せがわはそこを描くことができているのである。
もうひとつ、せがわまさきに関して指摘しておかなければならないことがある。
現在でこそマンガをデジタルデータで描くことは珍しくないが、彼は90年代から、作品をデータで仕上げていた。
マンガといえば手を使って仕上げるのが当然だった時代に、データ絵の利便性を知り尽くしていたのである。たぶん、もっとも早い事例のひとつだろう。
『十』がキャラクター設定をウェブ公開していたのも、こうした先見の明のあらわれだと思っている。
江戸時代初期の世界を描きながら、今後のマンガはいかにあるべきか、せがわはウェブ上で試行錯誤しているのだ。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。IT専門誌への執筆やウェブページ制作にも関わる。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』を出版。いずれも続刊が決まりおおいに喜んでいるが、果たしていつ書けばいいんだろう? 「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。