擬態するワレワレ
大きく環境が変わるときは、それまでの自分から脱却するチャンス。変身願望を叶えるいいタイミングだ。「普通の人」に見えるあの子やあの人も、何らかの「変身」のあとかもしれない。
『ワレワレハ』の主人公・大学1年生の鈴木ひかりちゃんも変身した1人だ。
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だって、こんな黒歴史とはおさらばしたいから。
「宇宙人」と笑われた暗黒の中学時代、美容にかけるお金をバイトで稼ぐうちに過ぎ去ってしまった高校時代は葬って、メイクの力で可愛い女子大生に擬態する!
決意に燃えるひかりちゃんと行動をともにするのが、田中コスモちゃんである。
彼女にもまた、誰にも言えない秘密がある。それは……。
彼女が女子大生に擬態する宇宙人だということ。大好きなポメラニアンではなく、地球人の生態を調査する使命があり、その調査結果によって宇宙人のお偉方たちが人間の処遇を決める。重要な任務である。
キュッと上がった大きな目にシュッとしたアゴ、細身のスタイル……なるほど、宇宙人の姿は可愛い女子大生に擬態するのに都合がいい。だけど、人間のことはまだよくわからないから、とりあえず自分に近づいてきたひかりちゃんを観察対象とした。宇宙人、わりと行き当たりばったりだ。
かつて「宇宙人」と呼ばれたひかりちゃんと、宇宙人なので地球人とのコミュニケーションに不安を残すコスモちゃん。本当の自分は見せられないから、2人の会話はポメラニアンくらいふわっふわ。「早く周囲に溶け込みたい」「変なヤツだと思われたくない」あまりに、実のない会話をしてしまう。
ん? これは宇宙人じゃない私たちにとっても「あるある」なのでは?
『ワレワレハ』は「コンタクティ(異星人)系コメディ」でありながら「わかる、わかるよ……!」という共感が腹の底から湧いてくる漫画でもある。
かみ合わないけど、イイ感じ
見た目は近いけど、その生態はぜんぜん違う2人。異星人にはピンとこないものの1つ、「自撮りの加工」に対するコスモちゃんの反応はこんな感じだ。
大抵のアンチコメントはスルーできるひかりちゃんだが、友だち(?)から直接言われる「素朴な顔」にはさすがに心がざわつく。
お互いに擬態バレを恐れるあまりに探り合い、ときどきかみ合わない2人の会話は、ケンカにはならず、なんだかんだイイ感じに着地する。
宇宙人であるコスモちゃんが、なんでもできる侵略者じゃないのがいい。何気ない会話も、心の動きも、絶妙にリアルなのが『ワレワレハ』の楽しさだ。
宇宙人だって悩んでる
それぞれの目的がありつつも、「普通の人の中に溶け込みたい、なじみたい」という思いは同じ。本当に腹を割り、心を開いているわけではないけれど、ひとりぼっちの2人が考えていることは実は同じなのだ。
ネイルを楽しんだり、ダイエットしてみたり、平和だけどときどき不安になることもある。
グループで行動する派手な子たちに気に入られ、「天然」「面白い」と言われているコスモちゃんだって、カゲではこんなことを言われるのだから。
こういう時にちょっと猫背になっちゃう気持ち、わかるよ……。
そして、会えばニコニコして話しかけてくる、コミュ力高い子の悪口って切れ味が鋭い。擬態を隠そうとすれば、どうしたって胡散臭くなってしまう。秘密を抱えたものにとって「普通の大学生」でいるのはなかなか難易度が高いのだ。
「友達」「よく接触する人」を聞かれれば、頭に浮かぶお互いの顔。それが1人だけでもいいじゃない。「量より質」、それぞれに腹落ちする2人である。
「量より質」、確かにそう。だって考えてもみてほしい。宇宙人でもなく、見た目にコンプレックスもない、「イケてる大学生」の人たちの水面下はこんな感じなのだ。
2人には、「あるべき姿」なんて無視して、ずっと仲良くしていてほしい。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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