「錬金術」というと、つい魔法的なものや禁忌とされる“人体錬成”を思い浮かべてしまう漫画脳な私ですが、本作で描かれる「錬金術」は、化学の延長線上にある、人々の生活に根差したものです。
主人公は、一流錬金術士ガロに弟子入りしたシャティ。一人前の錬金術士になるべく、日々失敗を重ねながら修行中です。
今日も元気に修行するシャティは、水晶液なるものの錬成に成功。
記憶が映せる水晶液。先ほど「化学の延長線上にある」と書いてしまったので身構えた方もいるかもしれませんが、本作は学習系漫画ではなく、しっかりファンタジーな世界のお話です。
このファンタジーという設定のなかで、様々な物質・生物の化学反応やシャティたちの住む世界における動植物たちの生態が、ある種のリアリティをもって描写されているのも本作の特徴。
たとえば、物語序盤で飛び込んでくる錬金依頼。依頼主のリクエストは、地下にある植物室用の灯りとして使うための蛍火薬(ほたるびやく)。
さっそく錬金に取り掛かるシャティですが、蛍火薬の素材となる炎石(ほのおいし)が足りないことに気づき、素材屋さんへ急行します。
ここで登場する素材屋さんのリナモモは、本作でのレギュラーを担う(と思われる)キャラ。シャティの良き相棒的な立ち位置のようで、今回のエピソード以降も活躍します。
炎石が保管されている箱を見つけたシャティはさっそく開けてみるのですが、その瞬間――
好物は鉱物、という素材屋には厄介な生物・ワタグモ。この大群(?)に包まれて身動き取れなくなってしまったシャティに対し、リナモモは大量の水をぶっかけて救い出します。水を浴びてパワーダウンしたワタグモ。
ワタグモは水に弱いことを明らかにすると同時に、その知識を持っているリナモモの「意外と頼れるキャラ」という印象も与えるシーンです。そんなワタグモの水の弱さを利用して、シャティはあることを思いつきます。
「人食い植物の消化液」を使うことでワタグモだけを溶かし、炎石を取り出そうとしますが……。
うまく分離できなかったことに疑問をもったシャティは、炎石が入っていた箱に、他の鉱物も入っていたのでは!?とリナモモに訊ねます。
炎石とワタグモの分離を邪魔する不純物の存在に気づくのはもちろんですが、その特定のため、ガロ師匠からダメだしされた、3日前までの記憶しか映せない水晶液を使うという伏線回収も気持ちのいい名場面と言えるでしょう。
そして、一度妥協しかけるも師匠からの言葉を思い出し、より精度の高い錬成を目指すシャティからは、その向上心や成長の気配が感じられて、これぞ主人公!という期待も膨らみます。
こうしてシャティは、植物の特徴や物質の性質をうまく利用して、見事に錬成成功。熱に弱い洞窟ランを灯すための、火を使わない発光アイテム・蛍火薬は完成したのでした。
このように異世界の化学的要素をふんだんに盛り込んで、ファンタジーながら知的好奇心をくすぐる設定や描写が本作の見どころのひとつ。
他にも、回復薬を錬成する場面で本作の細部にこだわった世界観が表現されています。回復薬には「服用間隔」というものがあり、薬を連続で使用する場合に一定時間、あけなければいけません。解熱鎮痛剤の処方箋や注意書きでよく目にするやつですね。ガロ師匠が錬成する回復薬は、この服用間隔が短いため、回復薬を使う機会が多い過酷な現場では重宝されるとのこと。
師匠不在時にこの回復薬が必要となり、まだ肝心な部分を教わっていないシャティが、これまでの知識とその発想力で錬成にチャレンジ。様々な素材を駆使して錬成するのですが、薬の効果(回復量・服用間隔)を確かめるために使われるのが、ヒトシグサと呼ばれる植物。
このヒトシグサの成長度合いや色の変化で、回復量と服用間隔が算出可能という仕組み、めちゃくちゃ興味深いです。数学が苦手過ぎて理系のすべてが嫌になってしまった私ですが、そうなる前、まだ楽しかった理科の実験が思い浮かびます……。そんな展開も読んでいてワクワクします。
錬成における難題のひとつ、不純物問題にぶち当たったシャティは、回復薬の錬成時、師匠が水以外の溶媒を使っていることに気づきました。そして目の前にはそれぞれ酒と泡水が入った水瓶が。
こうして雑味=不純物と判断し、酒ではなく泡水を使ったシャティは、見事に服用間隔が短い、高品質の回復薬錬成に成功するのでした。
試行錯誤しながら正解を導き出そうと奮闘する、暴走系主人公シャティ。錬成素人ながら、助手的な立ち位置でシャティを支える頼もしき相棒のリナモモ。ポップでキャッチー、可愛らしい絵のタッチも含めて、とても親しみやすいキャラクターたちが織り成す、化学×錬金術×ファンタジーの世界。
錬成時の素材や手順に関する丁寧な説明が、シャティたちの住むこの世界にリアルさをもたらしており、読みごたえもあります。
私たちが学校で習ってきた理科の実験の先にあるのが錬金術なのかもしれないと、そんなことを感じさせてくれるほど、本作には現実とファンタジーの垣根を越える力があるのです。
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009