インドには行くべき時期がある
「インドに呼ばれる」と語ったのは三島由紀夫だ。インドには行くべき時期があるらしく、この三島インドルールを私は固く信じている。というのも、コロナ禍の影響でビザが無効になり、インド旅行が頓挫してしまったのだ。出発の当日にビザ無効の発表がインド政府から下され、バンコク発デリー行きの飛行機に乗せてもらえなかった。タッチの差だった。タイの空港カウンターでアタマが真っ白になったが、まあ、つまり三島インドルールが発動したのだろう。
そろそろ行ってみてもいいかもしれない。三島先生いかがでしょう(インドに尋ねなさいと言われそうだが)。
『いま、インドによばれて』は、まさにインドに呼ばれた女性“なつめ”の物語だ。28歳のなつめは、公私ともにドン詰まったタイミングでインドに行き、そんな彼女の人生をインドは大きくゆさぶる。
たしかになつめは呼ばれたのだ。なぜなら、なつめは「インドに行きたい~!」と私のように前のめりでインドに向かったわけではなく、なし崩し的にインド入りしているから。
きっかけは「恋人の転勤」だった。
同棲相手の“じん君”に突然降りかかったインド駐在の辞令。IT関連の仕事をしているじん君は、IT大国のインドに行くことになったのだ。なお出世コースらしい。
そうは言っても急に行けるものなのだろうか。なつめは漫画家だ。残念ながら伸び悩み中で連載もなかなか決まらないけれど、バイトをしつつなんとか続けてきた。
ハイ、イヤな予感がしてきました。結婚したいほど大切な相手なのにこの言い草。SNSで書いたらゴウゴウと燃えそうだな。
インド行きは保留にして、じん君に言い返したい気持ちをグッとこらえてマンガを描くなつめ。
最後にありったけの力を振り絞って、漫画家としての将来を開こうとします。でも?
編集者から良い返事はもらえないまま。なつめは「しょうがないじゃん。私はそんなに強くない」と漫画家の夢をあきらめ、じん君の待つインドへ行くことに。
心機一転がんばるぞ!と空港に降り立ったなつめ。なお、今回が初海外旅行なのだそう。それなのに、だ。
仕事人間というか、自分で呼びつけておいて迎えに来ない時点で、しかも彼女が初海外だということだって知っているハズなのだから、ただのおばかさんだと思いますよ。ということで本作は「じん君みたいな人と一緒にいて幸せなの……?」と困惑することがいっぱい発生するので、覚悟してほしい(ちゃんと最後にスッとします)。
一人ぼっちのなつめは、英語もわからないし、ウワーッと空港で待ち構えていたタクシードライバーに埋もれそう! そんなピンチを救い出すような日本語が聞こえて……。
女性タクシードライバーの“ルビー”と出会う。ルビーは日本のアニメで日本語を覚えて、日本のマンガも読めるんだとか。
なつめは、運転も商売も上手いルビーにインドの街案内を頼むことに。
旅先で振り返る自分ほど、ちっぽけで頼りないものはないと思う。特になつめは漫画家の夢を日本に置いてきたばかり。そんな彼女がインドで目にするのは、美しい観光地や街のにぎやかさだけではない。
このマンガはルビーの人生の物語でもある。なぜ彼女がとびきり上手な運転スキルでタクシードライバーを続けているのか、それがルビーの周りではどういうことなのかが描かれる。
「しょうがないじゃん」って自分の人生をまとめにかかっていたなつめに、ルビーの言葉は、明るく、そして重たく響く。
インド旅行を続けていくうちに、なつめはいろんな人に出会う。
長らくインドに暮らす日本人女性とか(豪快でステキな人です)。
さらに超定番のインド観光に加えてこんな場所も登場する。
屋外のコミコン! 楽しそう。なお、本作は日本とインドで同時発売されているのだという。インドの読者の感想をぜひ聞いてみたい。
インドの熱気と、インドで生きる女性の言葉に背中を押され、なつめは「しょうがないじゃん」から抜け出せる……? インド行ってよかったね、とみんなが思うマンガだ。いいなあ、私も呼んでくださいよ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori