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同棲解消にワンナイトふられ──恋に破れたので女ふたり暮らし始めました。

スルーロマンス(1) 
(著:冬野 梅子)
2023.08.13
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言語化の嵐と「真実の愛」

SNS、とくにTwitterを最強におもしろくさせたものは、いろんな人の頭の中で渦巻くアレやコレや自意識が、大量のテキストとなって押し流され、大勢の目に晒されたことだと思う。

あれで「なんて最悪なんだ」と笑ったり傷ついたのと同時に「なんだ、こんな卑屈で最低最悪なことを考えているのは私だけじゃなかったのか」と安心したことも、一度や二度じゃない。冬野梅子さんのマンガも言葉の渦であり、「私だけじゃなかったのか」をくれる。

そう、言語化の嵐なのだ。



どのページを開いても「ウワー!」となる。




自分だけ仕事の話で終わっちゃった? ところでロールモデルにしているあの人は独身? コレは私か? やめてくれー!

なのに、とくにギクッとした場面を寝る前にわざと読みたくなったりする。当然リラックスなどしない。でもそれがいいのだ。これね、子どものころに絵本のお気に入りのページ(たいてい食べ物の絵)をしつこく眺めていたのと一緒!

そんな身も蓋もない言葉が渦を巻く『スルーロマンス』は、「真実の愛」を探す物語なのだという。

どっちの女に共感する?

主人公は32歳の女二人。彼女たちは性格もライフスタイルも収入も違う。

フードコーディネーターとして働く“菅野翠”は仕立てのいい服を着て、丁寧に料理を作り、仕事に燃え、3年後には1LDKのマンションを買いたいなあなんて思っている。



でも「(自分で稼いだお金で)寿司に一人で行けること」は翠を救いきれない。

翠が暮らす広いマンションに転がり込んだ“待宵マリ”は元・売れない役者。怠惰で生活能力がまるでなく、同棲相手から急に別れを切り出されて真っ白けになっている。人生設計? なにそれ?という状態。



でもお調子者でペラペラとその場を切り抜けるのが得意。そしてフットワークもペラペラに軽い。自分の好きなものへの反応が異様に速いのだ。当然、恋も自分から獲りに行く。



山菜とターメリックはどうでもいい、一刻も早く彼氏が欲しい私は、あなたの好きなタイプが知りたい!

翠とマリ、どちらに強く共感し、どちらに「ありえねー」と思うかで、自分の立ち位置を自覚するかもしれない。でも大丈夫。こんなに違う2人だけど膝下あたりまで深く浸かっている沼は同じだ。

マリも翠も、恋に破れ、自分たちは愛から遠い場所にいると思っている。そもそも愛なんてあるわけ?とグルグルグルグル考え、とめどなく言語化しては、端から見れば「みっともないこと」を繰り返し、愛がスカスカと抜けていく。1巻まるまるみっともない大会だ。



男に頭をポンポンされてそれを可愛らしく受け容れる感じのアレを「女のモノマネ」という。その女のモノマネを「やめるね」と恋人に宣言したマリは、やがて同棲していた部屋から閉め出され、深夜に大騒ぎ。



翠は翠で、好意を「いらない」と押し返され、そのたびに自尊心が傷つく。それでも人を好きになってしまって……!

そんな二人が一緒に暮らしているのだから、まあおもしろい。細かいディテールを見るだけでも飽きない。それに美しい時間だって流れている。



みっともないだけじゃないのだ。


どっちも地獄だな。

ということで、みっともない思い出がいっぱいある大人は、真夜中につい読んじゃうわけです。自分と他人を比べてそれを絶対に口にすまいとフタをした経験のある人は一度読んでみてほしい。なお、1巻のラスト2ページで私はめちゃくちゃ笑いました。いつ読んでも笑ってしまう。「ありえねー」と「わかるわー」が凝縮されている。だから強い酒のようで寝る前にピッタリ。

  • 電子あり
『スルーロマンス(1) 』書影
著:冬野 梅子

元・売れない役者の待宵マリとフードコーディネーター菅野翠、ともに32歳。同時期に恋に敗れたふたりが、諦め半分に愛を求めつつ、始めるのは女二人暮らし。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori

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