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ビートたけしさん演じる志ん生(NHK大河ドラマ「いだてん」)は人生の達人
(著:美濃部 由紀子)
勝ち組・負け組という言葉に知人は、なんて品のない言い方だと怒った。たしかに無駄に人々をざわつかせる、そういう意味ではあまりきれいな言葉ではない。だが現実社会は、望もうと望むまいと、「勝ち負け」の問題が溢(あふ)れている。
「この世では失敗も成功もねえ、しくじったか上出来かだけ」(目次より)。師匠は、こう喝破する。
今年からスタートしたNHKの大河ドラマ『いだてん』。劇中で、(ビートたけし演じる)古今亭志ん生が、舞台回しとして重要な役を演じている。この高名な天才落語家が没したのは1973(昭和48)年。孫娘である池波志乃さんでさえ、いまやベテランの大女優。50代であるわたしにとっても志ん生師匠は、その存在が新鮮に映る伝説上の人物である。
怖いもの知らずで自由奔放に生きた。人に媚(こ)びることなく、高座で居眠りをかまし、その生き方さえも芸とした。大酒を飲み、右往左往し、周囲を巻き込みながらも「いだてん」のように颯爽(さっそう)と生きた。師匠は、おそらくそんなイメージで我々の歴史に記憶されているのだろう。
この志ん生師匠の生き方を通し、これからの時代の迎え方を考えてみる。そんな趣旨で編まれたのがこの本である。著者は、志ん生師匠のお孫さんにあたる美濃部由紀子さん。姉は先ほども触れた、女優の池波志乃さんである。
自己啓発に役立つように、「昭和のように生きて心が豊かになる習慣」と題し、25個のキーワードが示されている。いくつかを挙げる。
「長寿なんかに執着しちゃいけないよ」
「自分の役目なんざあ、歳とってくると自然と分かるもんだよ」
「自分以外は、みんな変人なんだと思いなよ」
「空気なんざあ読まねえで、嘘も方便で生きなよ」
「自分でケリをつけられるなら、逃げてもいいんだよ」
といった具合である。なるほど、志ん生師匠の言いそうなことだし、そんなふうに生きてみたいとも思う。
だが、こうも思うのだ。金に無頓着、好き嫌いを隠さない、常識を重んじない、芸事を思うがままに追求する、酒を好きなだけ飲み、ときには逃げる。そんなすべてを許されている志ん生は、勝ち組でも負け組でもない、もっと尊い存在、「選ばれた人」だ。
芸能評論家の矢野誠一さんは、高校生の時に見た志ん生の姿をこのように記している。
「古今亭志ん生というひとは、ひときわつまらなそうな表情で高座に出てきた。高座について一礼して、口をひらくまで、このさえない、ふてくされたようにもとれる態度は変わらない。それでいながらしゃべり出すと、不思議なことに寄席全体がぱっと明るくなるのである。その変り目が楽しかった。面白かった。ひとを嬉しい気分にしてくれた。少なくとも古今亭志ん生をきいているあいだだけは、寄席という悪場所通いをしている不良少年のいだくうしろめたさを忘れさせてくれたのだ」(矢野誠一著『志ん生のいる風景』。本書より引用)
いるだけで世界が変わる。存在が意味を持つ。師匠はそんな人物だ。
じゃあ、これを読んでいる我々は選ばれた人なのか。けっして尊ばれることのない一般大衆ではないのか。啓発本としての本書の弱点ともなるような疑問には、こう答える。
「自分の違和感を信じればね、あとのことはどうにでもなるよ」
勝ちも負けもない。自分が選ばれた人間かどうか、そんなものわかりゃしない。それこそ神のみぞ知るだ。もし、そんなことにこだわっているのなら、自分に生じた違和感を信じながら、自分が選ばれていると思って生きればいい。ブレずに生きる。(タイトルで謳っている)「クオリティの高い貧乏」とは「粘り」だ。折れない心、艶のある生き方。勝手な解釈かもしれないが、わたしは本書からそんなものを感じ取った。
生きづらい世の中。
どうしても納得できないことがあったら、次のように叫ぶ。
「てやんでぇ、べらぼうめ! しゃらくせぇが今回はてめえの顔を立ててやる。が、次はないぜ、一つ貸しだぁおぼえとけ! このすっとこどっこい!」(本書より)
このことばを知れただけで、この本は、わたしには十分価値がある。
孫娘である著者の最後の言葉。
ストレスフルな現代、真面目で正直な頑張り屋さんほど、多くのストレスを溜め込みます。肉体的にも精神的にも辛(つら)い思いをされているのではないでしょうか。
ただ、志ん生のようなデタラメな人生、自分の心の向くまま損得を考えずに生きる人生もあるのだと知ると、少しは自分を労(いたわ)ってあげようという気持ちになりませんか。
やはり、志ん生は選ばれた師匠。何度でも読み返したくなる本だ。
ビートたけしが古今亭志ん生を演じ重要な役を果たす、NHK大河ドラマ「いだてん 東京オリンピック噺」は、2019年1月から2020年6月まで1年半、放送される。「たけし志ん生」が、雑駁で貧しかったけど何かしらの希望を見出せた「昭和」を語るのだ。
著者はNHKの番組制作にも全面的に協力し、志ん生の道具、写真、そして俳句などを提供した。本書は、一番かわいがられた孫が志ん生の口を借りて語る、「懐にカネはなくとも心は金持ちになれる」生き方!
本邦初公開の志ん生の写真と俳句も随所に!!
レビュアー
コラムニスト。1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、独立。フリー編集者として、雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に、昭和の風俗や観光に関するコラムを寄稿している。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『車輪の上』(枻出版)、『大物講座』(講談社)など。座右の銘は「諸行無常」。筋トレとホッピーと瞑想ヨガの日々。全国スナック名称研究会主宰。日本民俗学会会員。
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