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カーリング女子・銅メダリスト、本橋麻里の「地元で見つけた世界での勝ち方」
(著:本橋 麻里)
「もぐもぐタイム」や2018年の流行語大賞、「そだねー」などでキュートな魅力をお茶の間に見せてくれた日本の女子カーリングチーム。この本は12歳でカーリングと出会い、カーリングとともに歩み、現在も「ロコ・ソラーレ」の代表理事として活動している著者の初の著作です。
ホームリンク・アドヴィックス常呂カーリングホールにて
写真:森 清
チームに不可欠なもの
ロコ・ソラーレ以前、著者は6年にわたってチーム青森に在籍していました。在籍中には2度のオリンピック(トリノ、バンクーバー)に出場。リーダーとして率いたこともあるチームから、なぜ著者は離れ、新たなチーム、ロコ・ソラーレを作ろうとしたのでしょうか。
チーム青森という集団は勝利を義務づけられて、五輪という大きな目標に向けて、強化のスケジュールも4年単位で組まれている。五輪に出場できなければ「4年に一度」の盛り上がりすらなくなってしまう。その危機感は選手にも関係者にも常にあったと思います。
オリンピック出場がかなわなかったらチームの存在意義はない。そのような思いがチーム青森の中を占めていました。
この危機感、切迫感はチームにあるマイナスの影響を及ぼしました。いつの間にかオリンピック出場のプレッシャーがメンバー間のコミュニケーション不足をもたらしたのです。
徹底的にチームスポーツであるカーリングは選手個人の力量もさることながら、それ以上にチーム全体のまとまり、一体化が重要な要素となっています。著者がいうようにチームメイト間のコミュニケーションがうまくいっているチームは「土壇場で踏ん張れる」力を持てるのです。
メンバー、スタッフ間のコミュニケーションの重要性、それがチーム靑森での選手生活と2度のオリンピックを通じて著者がつかんだことでした。
他のメディアでもこう記しています。
「カーリングだけでなくスポーツ全般、おそらく仕事やレジャーなども含め、強いグループを結成し、強化していくには、長い時間と密度の濃いコミュニケーションを要するはずなんです。
チーム青森というチームは、技術があって国内で勝てても、「4年に一度」を重視するあまり、その過程を飛ばしてしまったのかもしれません」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58044)
「勝つこと」だけを目標としていたのでは本当の強さを持ったチームにはなれない。どのような組織であってもコミュニケーションがなければ、チーム力は個人の総和にしかすぎない。コミュニケーションが十分にでき、その上で一体となったチームでは、チーム力に個人力の総和以上のものをもたらすのです。
理想のチームを求めて
カーリングは選手を選抜してオールジャパンチームを作るわけではありません。勝ち抜いたクラブチームがオリンピック等に出場します。これがカーリングの特徴の1つ。
もう1つカーリングの大きな特徴があります。
カーリングは、基本的に審判のいないスポーツです。
たとえば、相手の石に触れてしまった場合は「ごめんなさい、この石、ちょっと蹴っちゃったかも」といった具合に、相手選手に報告します。
大幅に市が変わらない限りはだいたい相手選手も、「OK、問題ないよ。(教えてくれて)ありがとう」くらいに軽く応じます。
対戦相手への信頼と敬意、それが溢(あふ)れているのがカーリングの世界であり、著者が感じるカーリングの最大の魅力です。まさしく「愛と自立とコミュニケーションが溢れている」世界なのです。本場カナダではホールに併設されているバーやレストランで勝ったチームが負けたチームに一杯奢ることもあるそうです、お互いの健闘をたたえて。これが著者にとってカーリングの「あたたかな原風景」です。
そしてその「原風景」にふさわしいチームを作る、それが「ロコ・ソラーレ」に込めた著者の思いでした。
勝ち負けが厳然としてある試合、でもそのことに足をすくわれてはいけない。勝利への焦燥感にかられていてはかえって勝利が遠ざかる。さらに相手やチームメイトへの敬意を忘れてはならない……。ではどうすればいいか。
それがいつでも「楽しさを失わない」ということでした。
楽しさを失わないという気持ちがあれば、チームメイトのあらゆる声を受け止めることができます。健全なコミュニケーションを生まれるもとにもなります。
前出の記事でもはっきりと言っています。「うちのチームはまずコミュニケーションを重視して、勝利や五輪は二の次です」と。
相手をしっかり尊重し、どんなタイミングでも、誰が何を言ってもいいようなミーティングを何度も重ねました。
相手を否定すること、敬意のない発言だけは避けようと決めてなるべく全員に発言をしてもらうことを心がけ、コーチが何か言ってそれに頷くだけのミーティングではない、全員参加のミーティングを重ねてきました。
こうして生まれたロコソラーレ、ここに至るまでの著者の歩みを綴った部分はこの本の大きな魅力の1つです。
楽しさを支えるもの
間違えてはならないのが「楽しさ」は「らくをする」「適当にやる」ということではありません。
試合で楽しむためには、普段のトレーニングは手を抜かない。笑顔でゲームに挑むためには、どのチームよりも努力しないといけない。(略)
「楽しい」を経験するために、苦しい大変な準備がある。
こうした努力を続けるには、メンバーの意識だけでなく、彼女たちを支える人たちの協力・助力も大切です。クラブチームですから地元の人たちの支援がとても重要になってきます。
そのために著者が心がけたのが「地域貢献」です。
常呂から世界へ、のスローガンのもと、カーリングを軸に多岐にわたった発進をしていきたい。
今、チームは「オホーツククール」のアンバサダーになり全国にオホーツクの魅力をPRして地域の発展に助力しています。
私の願いは、チーム青森のような地元に愛されるチームにしたいということ。「ソラーレ」はイタリア語で「太陽」という意味ですが、それに「ローカル」をつけたチーム名にはその想いが込められています。
「楽しさが切り拓く未来」
著者の思いはさらにメンバーの将来へと進みます。
チームスポーツの素晴らしさとグループ形成のノウハウを学んでも、オリンピアンでなければ満足のゆく第二の人生をはじめる事が難しい。それはスポーツの形として私にはどうしてもゆがみとして映ってしまうのです。
今打ち込んでいるスポーツに使われてしまう人になるのではなく、スポーツによってどれだけ人生を切り拓く力を身につけて、それを活用していけるかがこれからの時代には求められるんだろうなと思うんです。
メンバーへの思いが溢れています。こういったところからも著者が素晴らしいリーダーであることが分かります。
この本は、一人の女性の生き方としてだけでなく、リーダーシップやチーム組織について考えるときに役立つさまざまな知見に満ちています。それに加えて著者のあたたかいまなざしに満ちた文章、収録されたカラースナップ、さらに著者やロコ・ソラーレのメンバーたちのサインとメッセージ。それらすべて、コミュニケーションがもたらしたものでしょう。読むものに優しい気持ちと仲間たちとの絆の大事さを感じさせてくれる素敵な1冊です。
- 電子あり
2018年冬季平昌五輪で、日本史上初の銅メダルを獲得した女子カーリング。チームを結成して率いた本橋氏による、実践的ビジネス論!
─────
ゼロは最強です。アイデアと体力さえあれば、何でも生み出すことができる。
0から始めることができれば、理想の10に向けた1をつくれると私は思っています。どこかの大都市で4まで進んでしまった事業を、理想の10までもっていくためには、一度、後退を迫られたりするかもしれません。
「地方だから」という言い訳は、私の中にはありません。地方だからこそ、前向きに、どんどん進めることができる。
田舎には無限の可能性があるということもまた、本書のテーマとなります。 (本文より)
─────
<主な目次>
第1エンド はじめに
第2エンド 平昌五輪「銅メダル獲得」の裏で
第3エンド 何もない町に生まれ、トリノ五輪に出るまで
第4エンド バンクーバー五輪、チーム青森で学んだこと
第5エンド ロコ・ソラーレ結成、組織とは何か
ハーフタイム フォトギャラリー「私の愛するトコロ」
第6エンド 家族から成長させてもらったこと
第7エンド 結集した、それぞれの想い
第8エンド 綿密なコミュニケーションと観察眼
第9エンド 地元への感謝と、私たちの未来
第10エンド おわりに
楽しいはラクじゃない。でも、楽しさを失うわけにはいかなかった――。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。
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