今日のおすすめ
講談社社員 人生の1冊【2】『窓ぎわのトットちゃん』
(著:黒柳徹子 絵:いわさきちひろ)
横川浩子 児童図書第一出版部 50代 女
記憶の底から
入社年度によって多少前後するが、講談社では入社後、社内で一週間ほどの連続講義を聞いたあと、書店実習に出かける。まずは本が売れる現場を体験せよ、という趣旨だ。
私が入社したのは、『窓ぎわのトットちゃん』が刊行された年だった。
研修担当の先輩社員から託された「書店さんに迷惑をかけないようにしっかり働くこと、そして『窓ぎわのトットちゃん』をしっかり売ってくること」という言葉を胸に、それぞれ勤務先となる各地の書店に散る。ほぼひと月、エプロンをかけ、荷をほどき、レジに立つのだ。
黒柳徹子さんが小学1年生で「退学」となり、転校したトモエ学園での生活を描いたこの自伝的小説は、その後大ベストセラーとなり、100万部突破という偉業を成し遂げる。実習前の必読書だったトットちゃんの物語を一気に読んだ私は、すっかり忘れていた自分の中学校時代の出来事を思い出した。そうか、この学校だったんだ──。
中学3年生の時、学校で突然、頭髪検査がおこなわれた。部活が運動部だったので髪はずっとショートにしていた私は全く問題なかった。でも、朝礼で生徒を一列に並ばせ、髪の長さをチェックする先生たちの姿を見るうちに、大きな疑問が湧いてきた。
数ケ月が過ぎ、最後まで残ったのは3年生の男子が3人、そして検査が始まってから髪を伸ばし始めた私ともうひとりの女子。明日までに切ってこなかったら退学です、と先生に通告され、その夜初めて両親に、退学になるかもしれないと告げた。反抗期だがまだ中学生、さすがに「どうしよう」と気弱になっていたのだろう。すると父が「村立の中学にそんな権限はない。でも、もし退学になったら、黒柳徹子が通った学校に行けばいい」と、笑って言った。
東京へ行くにも半日かかる山奥に住んでいた我が家にとって、今思えば間違いなく非現実的なこと。それに、今気づいたけれど……トモエ学園は小学校だよ!?
自分の父親を早くに亡くし、小学校卒業後すぐに働かなければならなかった父は、どこでトモエ学園を知ったのだろう。今となっては確かめるすべもないが、その返事を聞いたとき、なぜか胸のすく思いがして、「ああ、もういいかな」と、髪を切ることに決めていた。ほかの4人とも相談し、15歳の小さな抵抗はそこで終わった。
『窓ぎわのトットちゃん』は今もまったく古びることなく、子どもから大人まで読み継がれている。それはなぜかと考えたときに浮かぶのは、小林校長先生がトットちゃんに言った「君は、本当は、いい子なんだよ」という言葉だ。子どもも、大人も、いつの時代も、不安をかかえている。でも、「だいじょうぶ、なんとかなるもんだ」と自分の存在を無条件に受け止めてくれる肯定感が、この本にはあふれている。中学3年生だった私に、父が返してくれた言葉にも。
「きみは、ほんとうは、いい子なんだよ!」。小林宗作先生は、トットちゃんを見かけると、いつもそういった。「そうです。私は、いい子です!」 そのたびにトットちゃんは、ニッコリして、とびはねながら答えた。――トモエ学園のユニークな教育とそこに学ぶ子供たちをいきいきと描いた感動の名作。
執筆した社員
横川浩子【児童図書第一出版部 50代 女】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
関連記事
-
2017.02.10 特集
感動ノンフィクション絵本が、テレビ放映後、関西地区で話題騒然!
『おばあさんのしんぶん』文・絵:松本 春野 原作:岩國 哲人
-
2017.01.27 特集
自閉症を生きた少女の「奇跡の自伝」──集団侮蔑、人格混乱の果て
『COCORA 自閉症を生きた少女』著:天咲心良
-
2017.01.04 レビュー
「秘密を打ち明けたら、無料です。」奇妙な屋台食堂に、変人が集う!
『路地裏のほたる食堂』著:大沼紀子
-
2016.12.26 キャンペーン
超人気『甘々と稲妻』の厳選おうちごはんで、いつもと違う正月に!
『甘々と稲妻(8)』著:雨隠 ギド
-
2016.12.23 特集
【奇蹟】「パンダの体操」が可愛すぎる!(読み聞かせ動画あり)
人気記事
-
2024.09.05 レビュー
【緊急出版】石破茂、もうこの男しかいない。今こそ保守リベラルの原点に立ち返れ。
『保守政治家 わが政策、わが天命』著:石破 茂 編:倉重 篤郎
-
2024.08.21 レビュー
【自民党と裏金】安倍派幹部はなぜ逃げ延びたのか。その答えがここにある
『自民党と裏金 捜査秘話』著:村山 治
-
2024.08.23 レビュー
橋下徹の画期的提言! 自民党がどうであろうと野党が腹を括って決断すれば「政権変容」できる
『政権変容論』著:橋下 徹
-
2024.09.23 レビュー
【介護保険】申請しないと始まらない! しくみと使い方がわかる入門書
『最新 図解 介護保険のしくみと使い方がわかる本』監修:牛越 博文
-
2024.09.19 レビュー
大マジメなのに何かがズレている……! 本気なのに「ざんねん」な乗り物たち
『ざんねんなのりもの事典』編:講談社ビーシー