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なぜ日本の中流階層は急激に貧しくなってしまったのか。再生への処方箋は?
中流か……、なにもかも皆懐かしい……
先祖から受け継いだ田畑と家、そして自家用車のある生活。子ども3人を大学に進学させ、「親としてやることはやりきりました」と言い切った両親が、私にとっての中流イメージだ。そして今、その中流を体現するのは極めて難しい。正直、この言葉には郷愁しか感じない。
本書は、NHKスペシャル「“中流危機”を越えて」の取材をベースにまとめられたものだ。前半では中流層が経済的に削られた過程を明らかにし、後半ではこの閉塞状況を打破するために必要な国、企業、労働者が取るべき方策を提言している。その冒頭で示される現実は厳しい。
中間層の定義はさまざまだが、複数の専門家は、日本の全世帯の所得分布の真ん中である中央値の前後、全体の6割から7割にあたる層を所得中間層としている。その中間層の所得がこの25年間で大幅に落ち込んでいる。2022年7月に内閣府が発表したデータでは、1994年に505万円だった中央値が2019年には374万円。25年間で実に約130万円も減っているのだ。
約130万円、月10万円以上の収入減。この状況を招いた大きな原因は、終身雇用性を基本とした雇用システムの限界と、本来慎重に運用されるべきだった非正規雇用が、コスト減のために“いいように乱用された”ことにある。そこから先は、教科書どおりのデフレスパイラルだ。
中流層が沈むことは、すなわち消費が減ることを意味する。景気を上昇させるには、中流層を分厚くしなくてはならないが、現状では無理ゲーのように思える。就職氷河期世代や20~30代の若者は「努力しても豊かになれない」と諦め、未来より明日を見つめ、ケータイのキャッシュレス残金にため息をつく。
こんな状況になる前に、どうにかならなかったものか?
「さぁ、悪いやつ出てこいや!」と思うのだが、このテーマでNHKの取材班に向き合える人物は、後悔を抱く良心的な人物しかいないことに歯がゆさを感じる。本書に登場する、終身雇用システムの限界をいち早く警告した経済界の要人も、非正規雇用の扉を開く役を担った官僚も、非正規雇用に本来「NO!」を突きつけるべきだった組合の長も、流れを読みきれなかった。グローバル経済という怪物は、恐ろしく貪欲で無慈悲であり、「もっと! もっと!」と生け贄を求め、本来中流であるべき/なるべきだった人たちが捧げられ……、の現在なのだ。その供物(くもつ)に、私もあなたも含まれている。
中流再生のための処方箋
さて、本書のキモは後半なのだ。
私たち取材班が、“中流復活”の鍵を握ると考えたのが「デジタルイノベーション」「リスキリング」「同一労働同一賃金」という3つのキーワードである。
「はいはい。出たよ、流行りのヤツね」と思った私は、読了後に反省することになる。こうしたキーワードの上面(うわつら)をなぞって知った気になるのは、情報源をネットに頼る人間の悪いクセだ。「デジタルイノベーション」で、ものづくりからサービス事業へと転換するJVCケンウッド社。「同一労働同一賃金」を先進し、パートタイマーの待遇改善をはかるイトーヨーカ堂。その事例に、確かな光明が見え隠れしている。そして本書を読んで、なにより考えを改めたのが「リスキリング」についてだ。
リスキリングを「社会人の学び直し」だと理解していないだろうか。もっと精度を上げれば、
「いま持っているスキルをレベルアップさせる従来の“スキルアップ”とは異なり、事業環境の変化に合わせて、新たな業務に必要な職業能力を習得させること」
となる。しかし、これは非常に面倒くさい話だ。なぜなら「自発的に勉強して、別の職種で今後の道を切り拓け」と言われているようなものだから。だがココで重要なポイントを見落としている。本来のリスキリングは、
「企業や行政が主体となって、働く人に、デジタルなど成長分野の業務に就くために必要な新たなスキルを習得させること」
なのだ。あくまで主体は企業や行政であり、企業が実施する場合は“業務”として就業時間内に行うことが必要。主体が個人で、個人の関心を原点とする学び直しは「リカレント教育」であり、リスキリングではない。「リスキリング」でキーワード検索をすると、数多くのeラーニングやら人材派遣業、コンサル業の記事がヒットするが、この点を曖昧にしたものが実に多い。もちろん捉え方は様々あるのだろうが、本書が中流復活の鍵とするリスキリングは、自己投資ではなく、企業や行政が雇用者に対して行う人材投資だとしている。実際、ドイツなどは国、企業、労働組合が一体となってこれを推進し、結果を出している。
この人材投資の具体的な内容は、雇用者に新たに習得させるスキルを学ぶツールを用意し、就業時間内に研修を行い、その期間中の収入を補償すること。さらにリスキリング成果を昇級・昇格制度で評価し、モチベーションを高めるようにする。企業文化を理解する雇用者を、より生産性の高い業務に就かせることは、既に技術力を持つ人材をスカウトするより遥かに効率が良い。とはいっても体力のない中小企業にとって、この人材投資は決して軽い負担ではない(そもそも企業をどう転換すべきか、経営者の手腕によるところも大きい)。そこを行政が補助するべきで、岸田政権は5年で1兆円をリスキリングに投じるとしている。
しかし残念ながら、この1兆円は本当に補助を必要とする中小企業ではなく、学ぶ意識が高い人々に転職を促す個人への直接投資だとされている。それが悪いとは思わないが、本当にそれでいいのか? 企業は国に対して「生き残り戦略としてリスキリングを実施する補助をしろ」と訴え、雇用者は企業に対して「私に投資しろ」と声をあげる。そのときは今だ。
- 電子あり
かつて「一億総中流社会」と言われた日本。戦後、日本の経済成長を支えたのは、企業で猛烈に働き、消費意欲も旺盛な中間層の人たちだった。しかし、バブル崩壊から30年が経ったいま、その形は大きく崩れている。
2022年7月内閣府が発表したデータでは、1994年に日本の所得中間層の505万円だった中央値が2019年には374万円と、25年間で実に約130万円も減少した。もはや日本はかつてのような「豊かな国」ではなく先進国の平均以下の国になってしまった。なぜ日本の中流階層は急激に貧しくなってしまったのか。「中流危機」ともいえる閉塞環境を打ち破るために、国、企業、労働者は何ができるのか。その処方箋を探った。
【プロローグ】稼げなくなった中間層
第1部 中流危機の衝撃
第1章 幻想だった中流の生活
第2章 夢を失い始めた若者たち
第3章 追い詰められる日本企業
第4章 非正規雇用 負のスパイラルはなぜ始まったのか
第2部 中流再生のための処方箋
第5章 デジタルイノベーションを生み出せ
第6章 リスキリングのすすめ
第7章 リスキリング先進国ドイツに学ぶ
第8章 試行錯誤 日本のリスキリング最新事情
第9章 同一労働同一賃金 オランダパートタイム経済に学ぶ
【エピローグ】ミドルクラス 150年の課題
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。
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