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新型コロナ、インフルエンザ、O157、ノロ……病原体の巧妙に変化する感染戦略
(著:旦部 幸博/北川 善紀)
猛威をふるいつづける新型コロナウイルス
本書のテーマである「病原体」について、現在も強い関心が寄せられています。
21世紀に入って起こったもっとも大きなできごとは、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行になるのかもしれません。アメリカは第2次世界大戦よりベトナム戦争より多くの死者を出していますし、ヨーロッパを中心として、多くの都市でロックダウンがおこなわれました。
現在、欧米はウィズコロナで見解を統一し、そちらに向かっているように見えます。日本もそれにならおうとしているようですが、2022年8月の統計によれば、感染は過去最大・世界最大のものになっており、予断を許しません。死者も連日報告されています。
そのような状況において、病原体に対する関心が強まるのは当然のことでしょう。
しかし、本書はそうした状況にあわせて制作されたものではないのです。
本書は、ウィズコロナ時代を生き抜く現代人に向けた啓蒙書として……、と格好良く書き始めてみましたが、実のところ本書の執筆は2019年の秋頃、新型コロナウイルス感染症の発生前からスタートしていました。そして、その最中に新型肺炎発生の一報が届き、程なくして執筆を一時休止。新型コロナウイルスに関する基礎研究やワクチン・治療薬の開発プロジェクトに注力することになりました。また、読者の関心や知識も、今般のパンデミックを経験して大きく向上していると予想されたため、原稿も修正や加筆を繰り返し……という事情(言い訳)で、企画から出版までに約3年もの年月が経ってしまいました。
すなわち、本書の少なくとも一部は新型コロナウイルス感染症など世界のどこにもない状態で書かれています。
だからいいんだよなーこの本。自分は幾度となくそう思いました。
読書の魅力のひとつは、自分が知らなかった世界を見せてくれることです。この本はその側面がとても強くなっていますが、その理由のひとつとして、浮薄な流行とは関係ないところで企画がつくられたことも大きいと思われます。
人間はもっとも進化した生物ではない
以前、科学に明るいある人から、こう言われたことがあります。
「人間がもっとも進化した存在だというのは誤りだよ。たとえば昆虫は、身体を小さくすることによって、少ない水分でも生きられるようになっている。どっちが優れているなんて、誰にも言うことはできないんだ」
まったくそのとおりだと思っています。地球の人口は今なお増え続けていますから、「人間は繁栄している生物のひとつである」と言うことは可能ですが、昆虫の繁栄とはまったく比べものになりません。
(ちなみに、日本の人口は今現在も減り続けています)
本書は冒頭で、ほぼ同じ認識を披瀝しています。
私たちヒトは、長い時間を掛けて、非常に高度で複雑なからだの仕組みを進化させてきた多細胞生物です。そのため我々は人類の方が、ウイルスや細菌などの微生物よりも進化した「高等生物」だと考えがちです。しかし現に、たった29種類のタンパク質しか持たない新型コロナウイルス(ヒトは約2万種類)によって、高等なはずのヒトが次々に命を落とし、社会全体が脅かされているわけです。ヒトの方が高等だというその考え方は、はたして本当に正しいのでしょうか?
病原体を、生物のひとつとして見てみよう。その存在形式や生存戦略について知ってみよう。本書はそれを伝えることを主軸として制作されています。新型コロナウイルスに関しても特別扱いされてはいません。ヒトをおびやかす病原体のひとつとして、その形式や繁殖形態など、他と並列に語られています。
本書を読みながら、「うまくできてんなー」とか「すげえなー」とかつぶやくことが幾度となくありました。
たとえば、狂犬病ウイルスです。
狂犬病は犬ばかりでなくヒトもふくめた哺乳類全般が感染する病であり、致死率100パーセントの恐ろしいものなのですが、凶悪な被害をもたらすものだからこそ持ち得た大きな特徴を備えています。それを知ったときには、うならずにはいられませんでした。その生存戦略に、感動に近いものを覚えたからです。
また、食中毒をひきおこすボツリヌス菌は、100℃での煮沸にも耐え、放射線や消毒薬などに対しても高い抵抗性を示すといいます。なんて強いんだ、と思いました。人間ってのは、ずいぶん脆弱にできているもんだな。そう感じずにいられませんでした。
ウイルスにはウイルスの考えがある
ダウンタウンの松ちゃんが、以前こんな発言をしていたのを聞いたことがあります。
「これ(感染症の流行)はウイルスの気持ちにならないとわかんないんじゃないか」
そのときには気にも留めなかったのですが、本書を読むとその発言が正しかったような気になってきます。
毒性が強く感染者を死亡させてしまうような形は、ウイルスの生存戦略を考えるならば、優秀な方法とはいえません。感染者が死んでしまったら、それ以上広がることはできないからです。むしろ毒性を弱くして、かかっていることさえ意識させない(無症状)ようにさせ、感染を容易にして広がりやすくするほうが得策です。まさに、現在流行しているとされるオミクロン株は、そのような特性を持っているといわれています。科学的なエビデンスがあるわけではありませんが、コロナウイルスは生存戦略上、正しい道をたどっているような気がしてなりません。
感染者が出ることこそ「常態」ではないか。
今の状況でそれを言うことは不謹慎かもしれませんが、少なくとも本書の読者は、この意見に同意してくれる方も多いのではないでしょうか。
細菌にしてもウイルスにしても、いわゆる病原体と呼ばれるものは、生存のために独自の戦略をとっています。本書ではしばしばそれを「巧妙だ」と表現していますが、彼らもまた、生き残るため子孫を残すために必死なのです。
自分が生きているところはそのようなところだと観念することこそ大切だ。対策はそこからつくられねばならない。本書はそう主張しているように思えます。
生あるものすべてを自分と同じように考えられるほど、わたしたちは聖人君子ではありません。誰だって自分がかわいいのだし、自分を中心に考えているのです。
しかし、この世界はそうできていない。他者があるんだ。本書はそれを伝えてくれます。妙なことですが、自分はこれを意識して、ずいぶんすがすがしい気持ちになりました。
解説はわかりやすくコラムもおもしろい、とてもていねいにつくられた良書です。
- 電子あり
私たちのおよそ2000万分の1の大きさのウイルス。ゲノムのサイズもヒト全ゲノムが約62億塩基対、2万2千個のタンパク質をコードすると言われているのに対し、新型コロナウイルスはたった29種類のタンパク質しかもたず、遺伝情報の量も非常に少ない、シンプルな存在。なのに私たちはなぜ新型コロナウイルス翻弄されるのでしょうか。
人類誕生から現在までの人の死因の累計第1位である感染症を引き起こす、ウイルスや細菌などの病原微生物(病原体)は、その小さな体と限られた遺伝情報量の中に、ヒトなどに感染して自らの子孫を効率よく増やして広めるための、巧妙で狡猾な生態を持つものばかりです。
本書では、そんな病原体たちが進化の過程で身に付けた、さまざまな感染戦略、生存戦略を紹介します。宿主に寄生することに特化した構造や機能、生態などの高度な進化は、いずれも驚くほどうまくできたしくみで、なかなかエキサイティングな世界です。恐ろしいものであると同時に、その「見事な」までの病原体について知っておくことが、次なる病原体との戦いの備えになるかもしれません。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/
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