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『流浪の月』で「2020年本屋大賞」を受賞した翌年、再びノミネートされた『滅びの前のシャングリラ』から2年。凪良ゆうさん待望の新作『汝、星のごとく』がついに完成した。世間の“常識”とは違うカタチで愛を貫く人たちの生きざまを描き続ける凪良さんが本作にこめた想いとは。編集担当の河北壮平とともに語る。
軽やかさと生々しさが両立するリアルすぎる恋愛小説
河北 凪良さんの小説にはいつも、自分の弱さや狡(ずる)さを突きつけられて、目をそむけたくなるのに、ページをめくらずにはいられない……という不思議な引力があります。『汝、星のごとく』はこれまでにない恋愛小説であり人生小説なので、読む人それぞれにいろんな 想いがフラッシュバックしそうですね。
凪良 一度、真剣にリアルな恋愛小説を書いてみたいと思っていました。10年以上、BLというジャンルで私が書いてきたのは、女性が楽しく読めるよう、多少の理想……ファンタジーを投影したハッピーエンドの物語ばかりでした。もちろん、だからこそ掬(すく)えるものもたくさんあるのですが、よりファンタジー性を排除したものに挑戦してみたかったんです。
たとえば私が好きな江國香織さんが描くような、軽やかでありながらも生々しさのある恋愛小説のようなものに。河北さんが、今作のために過去の恋愛経験を語ってくれたことや、出身地の今治を舞台にしたこともヒントになっていますよ(笑)。私はいつも、担当編集者さんとの打ち合わせを通じて題材を探っていくので。
河北 恐縮です(笑)。主人公である櫂(かい)と暁海(あきみ)が高校時代に出会い、卒業後にそれぞれの道を歩むにつれ心の距離が遠ざかってしまう……という年月を重ねたすれ違いには、切なすぎて胸に染みるものがありました。でもそれは、一度でも誰かと“わかりあいたい”と強く願ったことのある人なら、同じじゃないでしょうか。恋愛だけでなく、櫂と暁海それぞれの視点を通じて、母子関係のままならなさも、本作では描かれていますしね。
凪良 最初は恋愛小説のつもりで書き始めたのに、できあがってみるとそのジャンルに規定されるものではなくなったな、と自分でも思います。瀬戸内の島に育ったなんの取り柄もない女の子が自立した強さを身につけていく、その生き様を描いた物語にもなりました。自由でいるための力を持たないうちは、何も選べないのだというのは、小説を書きながら感じていること。自分で自分を食べさせていくスキルを持つのは大事。持っていたほうが自由に生きられるということは、今作で描きたかったことのひとつです。
自分で自分を養う力は自由を得るための武器
『汝、星のごとく』著者、凪良ゆう氏
河北 暁海の父親の愛人である瞳子さんも〈お金があるから自由でいられることもある。たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくていい。それはすごく大事なこと〉と言っていました。
凪良 父親の愛人という時点で、彼女の立場は何も正しくないんですけれど(笑)。でも、私の書く登場人物たちって、今作に限らず、世間的な正しさにのっとって行動しない人が多いんですよ。もしかしたら私自身、正しくなくたっていいじゃないかと、どこかで思っているからかもしれませんが……。どうしてもそうせざるをえない状況や、どうしてもそうしたいと思えることがあるなら、自分で決断して行動すればいい、と思います。
河北 その想いが、世間的な正しさと自分の感情との狭間で葛藤する読者を救うのだと思います。
凪良 ただ、なんでもかんでも自分の好きに決めればいいのかというと、そうではないということも今作では描いたつもりです。暁海もラストではかなり正しくないことをしますけど、その決断に至るまでにとほうもない痛みを感じながら葛藤を重ねてきた。その過程で、自分を養うためのスキルだけでなく、自分の人生を選ぶための力を得ることができてようやく、どんな誹(そし)りを受けてもかまわないと決断することができるのだと思うので。
河北 櫂と暁海の人生に思わぬ形で介入してくる北原先生も〈自分で自分を養える、それは人が生きていく上での最低限の武器〉と言っていました。いざというときに闘える準備をしておくのが大事なのだと。
凪良 結果的にいちばん派手に道を踏み外した人になりましたよね。書き始めた当初は、まさかこんなに物語に深く食い込んでくるとは思ってもみませんでしたが……自由に生きることの一種の理想を彼には託したような気がします。北原先生の過去については、本編で書くと話がとっちらかってしまうので控えましたが、今、改めて中編として書いているところです。
彼らの“正しくなさ”に賛同されることがなくても
『汝、星のごとく』著者、凪良ゆう氏
河北 対して櫂は、高校を卒業してすぐ漫画家としてデビューし、暁海より自分を養う力を持てたはずなのに、逆にどんどん弱さがあらわになっていきました……。
凪良 男性の精神的な弱さ、みたいなものも今作では書いてみたいと思っていたんですよ。女性の場合は、強くあろうと思っても、暁海の育った島のように、そもそも経済的に自立する手段がなく、結婚がゴールという価値観に染まって、自分の力で何かをしようと思えなくなってしまうことも多い。それこそ島に残った暁海が、東京で漫画家として活躍する櫂の恋人、というステイタス以外、自分に誇れるものをなくしていったように。
だからというわけではありませんが、最初は、最底辺にまで堕ちてしまった櫂を暁海だけは何もかも捨てて待っている、という展開を考えていたんです。ただそこに愛があるかどうかはわからないという、ひどく殺伐としたラストでした。でも『汝、星のごとく』というタイトルが決まったあたりから、もう少し純粋に愛のカタチを信じられる物語に変わっていきました。
河北 〈わたしは愛する男のために人生を誤りたい〉という1文を、帯の裏にも大きく引用しましたが、登場する誰もが正しいわけじゃないからこそ、その選択の切実さと覚悟が増し、想いの純粋さが読者に伝わるのだと思います。
凪良 だといいんですけれど。これまで、どんなテーマで小説を書こうと思っても、けっきょく「またここに戻ってきちゃったか」という感覚が私のなかにあって。普通からちょっとズレた人たちを描く、みたいな評価をしていただくことが多いんですが、決して褒められたものではない彼らのふるまいに、「ああ、あの人たちはこういう生き方をするしかなかったし、それを自分たちで選ぶことを決めたんだ」と理解してもらえるものになっていたら、と今はただ願っています。
左:『汝、星のごとく』著者 凪良ゆう氏、右:担当編集者 河北
撮影/日下部真紀(講談社写真部)
京都市在住。2006年にBL作品にてデビューし、代表作に'21年に連続TVドラマ化された「美しい彼」シリーズなど多数。'17年非BL作品である『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。'19年に『流浪の月』と『わたしの美しい庭』を刊行。'20年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。同作は'22年5月に実写映画が公開された。'20年刊行の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。本書は約2年ぶりの長編となる。
- 電子あり
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海(あきみ)と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂(かい)。 ともに心に孤独と欠落を抱えた2人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。 生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。
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