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【デジタル革命史】インターネット黎明期からGoogleとWiki誕生までの軌跡
(著:ウォルター・アイザックソン 訳:井口 耕二)
求められていた「コンピュータの歴史」
本書は、詩人バイロンの娘エイダ・ラブレスを起点とし、約200年弱のコンピュータの歴史を時代を追ってたどったものです。「イノベーターズⅠ」と「イノベーターズⅡ」の上下2冊、あわせて900ページにおよぶ大著ですが、この分量は決して多くはありません。後述の理由によって、本書こそ「求められていた本」だと言えるからです。
著者はベストセラーになった評伝『スティーブ・ジョブズ』のウォルター・アイザックソン。わたしたちの多くはまさにこの本によってアイザックソンを知ったわけですが、当人は『イノベーターズ』こそライフワークであり、『スティーブ・ジョブズ』はその副産物という認識を持っているようです。
ジャーナリスト、ウォルター・アイザックソン
「おっ、著者はアイザックソンか、期待できるな」
本書のリリースを知ったとき、そう思ったのを覚えています。
彼がヨイショ記事に終始しない、優れた書き手であることを知っていたからです。
『スティーブ・ジョブズ』を通読した方ならおわかりでしょう。あの本を読んだ後で、ジョブズを偉人と呼ぶのは勇気がいります。あれは、断じてジョブズを絶賛した本ではありません。
たとえば、ジョブズは若くして子を設けていますが、長いこと認知しませんでした。母親に当たる女性とは同棲していたし、DNA鑑定の結果、まちがいなくジョブズの子と証明されているのに、認めようとはしませんでした。
子の立場になって考えてみてください。ゲスの所業だと思いませんか? 『スティーブ・ジョブズ』は、こういう人でなしなエピソードが次々に出てくる本です。
アイザックソンはたぶん、こう主張したかったのでしょう。AppleⅡ、Mac、iPhoneといった、ジョブズがかかわったプロダクトの優秀さは、彼の異常さ・エキセントリックさと同じところから発している。彼のたぐいまれな才覚は、人間性とひきかえに備わったものだ。
ちなみに自分は、書いたアイザックソンも立派だが、これを認めたジョブズは本当に凄いなと感嘆せずにはいられませんでした。徳川家康は戦に負けた情けない姿をあえて肖像画に描かせたそうですが、凡人はなかなかその心境に至ることはできないものです。
コラボレーションに着目
著者はこう述べています。
チームワークについて描くことが重要なのは、チームワークのスキルこそイノベーションの根幹であることが見落とされがちだからだ。私のような伝記作家の手によって孤高の発明家として描かれ、神話化された人物が主人公の本なら無数にある。(中略)今日の技術革新が形作られた経緯を理解するうえで真に重要で、しかも興味をそそられるのは、チームワークが生み出すものなのだ。
「コンピュータの父」といわれる数理学者バベッジにはエイダという理解者がいたし、ジョブズにはウォズニアックがいました。インターネットは基本的に、国家の要請によって学者を基幹とするチームが組織され、そのやりとりによって発展したものです。コンピュータ・テクノロジーとは多くチームワークによって生み出されたものであり、それを中心にして描いていこう、という著者の考えは、まったく実状にそくしたものです。
それともうひとつ。
著者自身はハッキリとは述べていませんが、コンピュータは、共有――英語でいうとshare――という考え方で発展してきたことも大きいと思われます。
パーソナル・コンピュータが一般化するまで、コンピュータは個人で持つことができないものでした。価格がとにかく高かったし、部屋ひとつを占拠するほど巨大なものでしたから、一般の家庭に置けるようなものではなかったのです。
そこでは、「共有」が日常茶飯事でした。すでにあるプログラムをブラッシュアップして、使い勝手がいいものにしよう、というこころみは、そのプログラムを使う人(=チーム)全員が、暗黙のうちに理解し、実行していました。コンピュータは個人のものではなく、チームのものである。その意識は現在でも失われていません。
本書でも、この考え方を発展させたGNU/リナックスについて、ゲイツやジョブズと同じか、それ以上のウェイトが置かれています。リナックスはAndroidの母体となりました。
インターネットも「おまえの情報とおれの情報を共有しようぜ」という考え方から発展したものと言っていいでしょう。チームワークに着眼するというのはこのジャンルを述べるならばもっとも適した方法です。歴史書/列伝としての本書のもっとも優れた点はそこだと断じてもいいかもしれません。
何ができて、何ができないのか
あなたが今持っているスマホ(携帯電話)は、この本に登場するほとんどのコンピュータより性能的に優れたものです。すくなくとも『イノベーターズⅠ』には、あなたの携帯電話をしのぐマシンは登場していません。
しかし、原理は――第二次世界大戦で連合国を勝利に導いたアラン・チューリングがナチスの暗号解読に使っていた巨大な機械と、あなたのスマホはほとんど変わりません。ITはいちじるしく進歩しているように言われていますが、誕生したときから変わっていない部分を備えています。
本書の読者なら、それを理解できるでしょう。同時に、著者が言うように、AIに過度に反応するのはおかしなことだと気づくにちがいありません。コンピュータには、できることとできないことがある。そんなことは、すでにエイダ・ラブレスが指摘していたことだったからです。
それを理解するためにも、本書の内容を頭に入れることは、とても重要です。
本書で述べられたコンピュータの歴史的側面と、エイダが考えたような基礎的なコンピュータ・サイエンスを得る場所がないこと(なかったこと)は、わたしたちの大きな不幸です。それがコンピュータへの過大な期待と幻想を生み出すことにつながっています。
コンピュータには、何ができて、何ができないのか。この本は、それを理解させてくれます。
多くの人が本書に接し、コモン・センスを形成してくれることを真に願っています。「何ができないのか」を知らなければ、「何を生み出すべきか」を知ることはできません。まさにこの本は「求められていた本」です。
なお、著者アイザックソンによる記事はこちらで接することができます。
- 電子あり
コンピュータとインターネットは現代のひときわ重要な発明に数えられるが、だれが作ったのかはあまり知られていない。その源に1人の女性がいた。
第1巻では、コンピュータの母といわれる伯爵夫人エイダ・ラブレスの存在から、世界初のコンピュータの誕生、プログラミングの歴史、トランジスタとマイクロチップの発明、そしてインターネットが生まれるまでを網羅する。
【イノベーションは、人文科学と自然科学の交差点から生まれる!】
コンピュータとインターネットは現代のひときわ重要な発明に数えられるが、だれが作ったのかはあまり知られていない。どちらも、雑誌の表紙を飾ったり、エジソンやベル、モールスらと並んで殿堂入りするにふさわしい1人の天才発明家が、屋根裏やガレージというなにもないところから生み出したわけではない。
むしろ逆で、デジタル時代の発明は、ほとんどがコラボレーションのなかから生まれてきた。
そこには、独創的な人間や、少数ながら真の天才まで、魅力的な人間が数多くかかわっている。
本書は、そうした先駆者、ハッカーや発明家、アントレプレナー(起業家)たちがどんな人間だったか、何を考えたのか、その創造性の源がなんだったのかをつづった物語だ。(中略)
なにより印象に残ったのは、デジタル時代の真の創造性は、芸術と科学を結び付けられる人から生まれてきたという事実だ。美を大切と考える人たちだ。
「僕は子どものころ、自分は文系だと思っていたのに、エレクトロニクスが好きになってしまった」――伝記に着手してすぐ、ジョブズにこう言われた。
「その後、文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値があると、僕のヒーローのひとり、ポラロイド社のエドウィン・ランドが語った話を読んで、そういう人間になろうと思ったんだ」
文系と理系、つまり人文科学と自然科学の交差点に立った時に安らぎを感じられる人こそが、人間と機械の共生をつくり出していく。それが、本書のメインテーマだ。
……序章より
*コンピュータ概念をつくった孤独な数学者、アラン・チューリング
*世界初の電子式コンピュータ「ENIAC」をプログラミングした6人の理系女子
*トランジスタ発明の背景にあった「名を残したいという欲望」
*外向きの人・内向きの人・実行する人のトリオで生まれたインテルの成功
*創造性をみつける達人J.C.R.リックライダーがまとめたチームのイノベーション
ページをめくる手が止まらない!
この歴史を知らなければ、機械と人間が共生する時代を、生き抜くことはできない
既刊・関連作品
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/
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