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日馬富士の何倍も深刻な、ケツバット問題考察『殴られて野球はうまくなる!?』
(著:元永 知宏)
いま角界は、日馬富士の暴力事件で大騒ぎだ。事の真相が闇の中だが、事件のポイントはずばり「暴力」である。
「暴力は悪」。いま、このことに反論しにくい世の中である。こどものしつけをはじめ、学生の教育上の体罰は絶対に禁止だし、スポーツや職業などの師弟関係においても暴力はご法度、ましてや、もろもろ発生する世の悶着を暴力で片付けるなんていうのは、ふつうの人の行動の範疇とは見なされない。会社員、政治家、スポーツ選手、コンビニのアルバイト店員から芸能人に至るまで、すべての日本人に求められる「品行方正さ」こそが、絶対の倫理なのである。
もちろん、人は殴られて負傷することを望んではいない。殴られた痛さをいとおしがるなんていうのは、はるか昔のおとぎ話で、それは一般の社会生活とはまた別の文脈だ。だが、良し悪しは別にして、「暴力」が多くの歴史の舞台で、さまざまな物語を紡(つむ)いできたのもまた事実であるし、もしかしたら、政治や文化を動かしてきたのは見えない暴力だったのかもしれない。そんなことを思うのもまた事実なのである。
本書のテーマは、野球界における暴力である。
「愛のムチ」か。ただの「暴力」か?(本書帯より)
本書は、元プロ野球選手、元高校球児、監督など、関係者の証言を集めながら、「野球と暴力」について考える。そして、最後には「暴力なしでチームを強くする方法とは?」という問に答えを出していこうとする。
著者の元永知宏氏自身も立教大学野球部でならした元野球選手である。大学4年時に、六大学リーグで23年ぶりの優勝を果たしている。ちなみにこの稿の筆者も同じ大学の出身だ。筆者の卒業後しばらくして、ちょうど彼らの現役時代、立教野球部が急に強くなり、万年5位に慣れきっていた卒業生たちに突然の優勝がもたらされ、驚きながらもおおいにはしゃいだのを思い出す。
著者は野球生活を通じ、縦社会の脅威や矛盾、指導者のあるべき姿や実際の立ち居振る舞いなどを見続けてきた。その経験の上にさまざまな野球人への綿密な取材を重ね、「野球と暴力」に関するいくつもの「哲学」をあぶり出す。
合理化、科学的根拠。そんな考え方は野球の世界にも浸透してきた。投手の肘や肩に対する医学的な扱い方、体づくりのための科学的なトレーニング法、チームを強くするための戦略的な取り組み。そのような考え方は、いまや街の少年野球にまで影響を与えていると言っていい。グラウンドに響く指導者の怒号や「ケツバット」などの体罰、先輩からの執拗な「しごき」などは、今は昔。表向きには姿を消しているようにも思える。
著者が行ったインタビューのなかで、ある名門野球部の監督がおもしろいことを言っている。
『千本ノック』に代表される猛特訓は技術ではなく、精神面を鍛えるためのもの。捕れそうで捕れないところに打ったり、体力をとことん消耗するまで打ち続けたりすることで、選手に『クソッ』という気持ちを植え付けるのです。へとへとになったところでまだ『クソッ』と思えるかどうかを、指導者は見ているはず。ボロボロの状態でもボールに食らいつく気持ちが大事。勝負を分ける土壇場では、それがなければ力を出せません。立ち上がれないような状態でも何が何でも取ってやると闘志を出せる選手がどれだけいるか。それを見極め、育てるために猛練習はあります」(元早稲田大学野球部監督・石井連蔵氏)
すべては土壇場のためにある。ある意味、これに尽きるのかもしれない。身体で覚えさせる。千本ノックは暴力ではないが、これは体罰の根本理念とも共通に語られることだ。
石井監督に鍛えられた小宮山悟氏(元早稲田大学野球部、元千葉ロッテマリーンズ、元ニューヨーク・メッツ)は、もちろん、体罰も暴力的な指導も肯定しない。だが、彼も監督の考えに呼応するように、合理的なものだけでは逆境を乗り切る力は身につかないと語る。
能力のある選手がいい指導者に教えられれば、ある程度のところまではいきます。(中略)しかし、その先にもうひと伸びするためには『歯の食いしばり方』を知っていることが大事なのです。
暴力は、もしそれが意味もなく身体を痛めつけるだけの行為なのだとしたら、到底容認できない。だが、一見暴力にも見えかねない「愛のムチ」が存在し、それが選手にとっていい結果を呼び込むのであれば、またそれも無視できないひとつの方法論となる。本書がじっくりとあぶり出していくのは、この永遠の哲学とも言うべき問題だ。
人間が人間に危害を加える。暴力とは不思議な存在だ。だが、この永遠になくなりそうもない存在は、より肉体的なスポーツの世界だからこそ執拗に浮かび上がってくる。
口で説明し、頭で考えさせ、会話で修練させる。それで物事がうまく進むのであれば、もちろんそれでじゅうぶんだ。だが、そうでないところに、本書は言及する。
古くて新しい問題。「殴られて野球はうまくなる!?」は、確実に現代社会の問題点を真芯で捕らえている。
- 電子あり
時代は変わった。
現在、野球の指導の現場で、暴力を正面から肯定する人はまずいない。しかし、「暴力は反対。だが……」と思っている人はいまでも多い。そしていまでも、暴力事件はあとを絶たない。
暴力はいまでも野球の身近にある。ものすごく身近にある。
なぜ暴力はなくならないのか? 暴力なしでも、野球がうまく、チームを強くする方法はないのか?
元プロ野球選手、指導者、元高校球児など、関係者の証言から、「野球と暴力」、日本野球界最大のタブーに迫る。
レビュアー
コラムニスト。1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、独立。フリー編集者として、雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に、昭和の風俗や地域創生、観光に関するコラムを寄稿している。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『車輪の上』(枻出版)、『大物講座』(講談社)など。好きなアーティストはジム・モリスンと宮史郎。座右の銘は「物見遊山」。全国スナック名称研究会代表。日本民俗学会会員。
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