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雑誌『週刊文春』『文藝春秋』の編集長を歴任した著者の鈴木氏は、政治面でも数々のスクープをものにしてきた。そのひとつが、時の政権幹部が語る「政権構想」の記事であり、著者はその内容にも密接にかかわっていたという……そんな政治取材の内幕を赤裸々に明かしつつ、この約30年間に次々と“発症”した日本の政治経済の問題点を仮借なく語りつくした刺激的な一冊である。
本書は、これまで著者が永田町で出会った4人の印象的な人物――安倍晋三、菅義偉、梶山静六、細川護熙――を取り上げ、著者と彼らの意外な関係性とともに、それぞれの政治的ビジョン、政治家としての資質が語られていく。決してどれもが美談というわけではない。むしろ今読めば、日本という国が近年負ってきた生々しい傷跡、不首尾に終わった夢のあとを確かめるような感覚に陥るところも多いだろう。最終章には「これからの経済政策プラン」として、日本がどんな方向に進んでいけばいいのか、著者自身の「構想」が語られる。長年、現場を目の当たりにしてきただけあって、その言葉は鋭く、リアルである。
1984年、慶應義塾大学卒業後に文藝春秋社に入社した著者は、大手新聞メディアとは異なる雑誌記者という立場で、独自の取材スタイルを確立しなければならなくなる。やがて彼が着目したのが「経済政策」だった。
永田町を長く取材していて気づいたことがある。大手メディアの政治記者は政局しか取材しないことだ。彼らの関心事は、第一に人事であり派閥の動き、第二に選挙、三番目は国会の動向、予算の中身、そして、外交、政党間の離合集散と続く。不思議なことに、政治記者たちは政策、とくに経済・金融政策についてあまり興味を持っていない。そもそも取材対象になっていない。たまに経済政策が意味を持つことがあっても、それは政権支持率の浮揚に繋がるか、選挙の争点になるかという視点で捉えている。
経済政策は国政における最重要課題のひとつであり、その政権がどれだけ明確なビジョンを持っているかという指標になりうるトピックである。だが、マスコミの注目度は低く、著者はその空白にこそ興味を持って突き進んでいく。そして、時には仕事の垣根を超えて、その内容作成にも携わるようになる。いまや「悪名高き」という冠とセットで語られることの多い、第二次安倍晋三政権が生んだ「アベノミクス」には、その弱点を超克する第二段階としての「ジャパノミクス」構想が、2014年ごろに存在していた……その策定に携わり、思わぬ横やりに翻弄される著者自身の証言は、なんとも生々しい。
政権の中枢にも食い込みながら、一方でジャーナリストとしての著者の熱情を感じさせる箇所も大いに読ませる。2020年8月、安倍晋三が首相の座から降り、菅義偉が総裁選に立つというタイミングで、菅とは旧知の仲である著者が議員会館に駆けつける場面は特にドラマチックだ。
菅はむしろ「来るのが遅いじゃないか」という顔をしていた。痺れる展開が続いていく。
(中略)
その時間、議員会館の部屋の前には官房長官番の記者が押し寄せていた。
「それで、政権構想はどういったかたちになるのでしょうか」
インタビュー時間を気にしながら、わたしは菅に尋ねた。
「政権構想は……ないんだよね」
この瞬間、わたしは椅子から転げ落ちそうになった。しかし同時に、菅さんらしいなとも思った。そもそも菅は政権構想といった大風呂敷を広げるタイプではない。
その菅義偉が師と仰いだ梶山静六は、1998年の自民党総裁選に立つにあたり、著者に「文春の社長に頼むから、三年、総理補佐官をやってくれ」と頼んだ。この瞬間に至るまでのエピソードの積み重ねもまた劇的だが、そんな思い出話だけが本書の主眼ではない。著者は、梶山がいかに優れた経済政策センスの持ち主であったか、そして日本経済がやがて迎える危機を鋭く見通していたかを、その著書『破壊と創造』から引用しながら明らかにしていく。以下はその一節である。
「現在に至るまで、政治家、官僚、経済人による『無責任のキャッチボール』は、完全に断ち切られることなくつづいている。私のいうハードランディングの真の意味は、この悪循環を終わりにしようということにほかならない」
過去に学ぶことでしか、人類は進化しない。いま、この世界全体を覆う問題のほとんどが「過去に学ばない」ことから来ていることを思えば、失敗に終わった政策を振り返ることも無駄ではない。細川護熙元首相が本書で自ら「不十分だった」と語る政治改革、その後に積み重ねられた政治不信の軌跡は、むしろ今こそ検証・改善すべきだろう。
現場に身ひとつで飛び込む記者として、世論を動かす編集者として、日本の政治の栄枯盛衰を見つめてきた著者だからこそ、語れることがある。いくつかの政権構想においては「当事者」でもあった彼の提言を、今こそ永田町は真摯に受け止めるべきではないだろうか。
ならば、戦略をもつ政治家を選んでほしい。そうした人物に政権を担ってもらいたい。そのためのサポートとして、官邸に「経済戦略センター」といった組織をつくり、しかるべき報酬を払って優秀な人材を集めて戦略を練るべきではないか。政権が交代するたびに、場当たり的な経済政策が出てくるのは不幸の連鎖である。
- 電子あり
文春の名物編集者は、政治に嵐が吹き荒れるとき、政権幹部と密室で何を話し合っていたのか?
政界、官界のキーマンが実名でぞくぞく登場。
全ビジネスパーソン必読の、手に汗握る「政治経済裏面史」。
週刊文春、月刊文藝春秋の編集長を歴任し、数々のスクープをものにした著者による「政治取材の全記録」。
実は著者の鈴木氏は、時の政権の「政権構想づくり」に深くかかわっていた。
本書で取り上げられるのは、4つの政権(政治家)。
第一章 安倍晋三
第二章 菅義偉
第三章 梶山静六
第四章 細川護熙
いずれも日本のターニングポイントとなった時代である。
政治は夜に動く。雑誌ジャーナリズムが政治報道において果たした役割とは。
この国の経済政策が失敗し続ける理由も、本書を読めば見えてくる。
【本書の内容】
第一章 安倍晋三
鳴り物入りで始まった経済政策「アベノミクス」。
その策定にひそかにかかわった筆者は、次第に疑問を抱くようになる。
無制限金融緩和、ゼロ金利継続は本当に正しかったのか?
第二章 菅義偉
リアリストにしてプラグマティスト。
新型コロナに振り回されて政権は短命に終わったが、「携帯電話の料金を豪腕で下げさせた」など、実績が再評価される政治家・菅の本質とは。
第三章 梶山静六
銀行の不良債権を「ハードランディング」で処理すべきと主張し、総裁選に敗れて無派閥に。
日本の政官財が「無責任のキャッチボールを続けている」と喝破した、信念のひとだった。
第四章 細川護熙
筆者に背中を押され、月刊文藝春秋で「新党結党宣言」をして、非自民連立政権の総理に。
戦後政治のターニングポイントと呼ばれる細川政権について、本人はいま何を語るのか。
第五章 これからの経済政策プラン
在野の政治経済記者として取材を続けてきた筆者による、「失われた30年を生んだ経済政策」の俯瞰による検証と、日本が生き残るための「これからの経済政策」の提言。
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。
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