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幾千年も忘れ去られた謎の文字──古代文字が解読されるまでの忍耐と興奮の軌跡!
(著:高津 春繁/関根 正雄 )
静かな熱さに満ちた一冊だ。過去の研究に対する著者たちの熱量は、章が進むにつれどんどんと上がっていく。読み終わるころには、読み手であるこちらの息が詰まるほど。先人たちの息吹が、直に伝わってくるようだった。
本書の原本は、1964年に岩波書店から刊行された。今回の文庫化に際し、漢字の一部を現在使用されているものに置き換える作業にくわえ、送り仮名の修正やルビの追加なども行い、読みやすくなるよう努めたそうだ。そのおかげもあってか、全編を通し古びた印象はない。むしろ巻末に収録された解説で、60年前に刊行された書籍が原本であることに初めて気づき、驚かされた。
著者たちは共に、この世を去って久しい。本書の序論を手がけた高津(こうづ)氏は、1908年に神戸市で生まれ、1973年に亡くなった。東京帝国大学文学部言語学科を卒業後、オックスフォード大学へ留学。古代ギリシア語・印欧語比較文法を専攻し、のちに東京大学教授を務めた。本書の内、序章と第一章、第四章、第六章を執筆している。
もう一人の著者、関根氏は1912年に東京で生まれた。東京帝国大学法学部と文学部言語学科を卒業後、ドイツへ留学。のちに東京教育大学(現・筑波大学)の教授を務めた。神学博士であり、聖書学者として多くの著作や翻訳を手掛け、2000年に没した。本書ではセム語族の専門家として、第二章、第三章、第五章を担当している。
本書ではタイトルの通り、古代文字の解読に至る過程と、その研究を担った人々についてつづられている。「紀元前三〇〇〇年代に始まり、紀元の前に既にほぼその発達の最終段階に到達」したという「文字」は、現代に生きる私たちにとっても、日常生活に欠かせない大切な手段だ。しかし当然のことながら長い歴史の中では、使われなくなった文字や言葉が多くあった。そうして埋もれ続けた遺物たちの一部が再び日の目を見たのは、19世紀に各地で行われた遺跡調査がきっかけだった。たくさんの資料が掘り起こされたことで、忘れられていた文字や言葉たちが解読されるようになった。
これらの幾千年もの間の眠りを呼び起こす鍵の発見には、幾多の先人の血のにじむような努力がその背後にあることは言うまでもない。われわれ二人の著者は、かれらの解読への道を出来るだけ平易に正確に、劇化したりロマンス化したりすることなく、伝えようと努力した。そんなことをせずとも、事実そのものが既に人の心を躍らせるものを蔵している。
もうまったくその通り! 著者たちは現地の歴史と文化を踏まえながら、研究者たちが抱えるそれぞれの背景や当時の情勢も含めて語ることで、「事実は小説よりも奇なり」を地で行くようなエピソードを次々と披露する。
ちなみに漢字以外の、現在使われているすべての文字は「セム族の使用していた文字に源をもっている」そうだ。その上で、本書で紹介する文字たちは以下のように規定されている。
本書において扱ったのは、二人の著者が実際にその知識を持っている言語の文字に限られている。従ってそれは、スメル・アッカド系の楔形(くさびがた)文字とエジプト文字の系統のもの、及びミュケーナイとヒッタイトの特殊な文字の解読の歴史だけであるが、先にも言ったように、漢字以外の重要な文字はこれで十分に論じられることとなる。
さて私が目を見張ったのは、ミュケーナイ文書を扱った第六章に登場する、イギリスの建築家マイクル・ヴェントリスの存在だ。1922年に生まれた彼は、若干14歳にしてイギリス考古学会主催の講演会に参加し、言語に対する強い興味を示していたという。
彼は幼少の頃から著しい語学の才能を示し、彼の死を惜しんで書かれた各国の学者の追憶はすべて彼の驚くべき語学に敬意と讃辞を呈している。彼は学会で会ったあらゆる国の人々と自由にその国の言葉で話して、かれらを魅了したと、チューリヒのギリシア語学者リッシュ E.Risch は書いているし、チャドウィクもまた、語学に対する耳と目との普通両立しない才能をヴェントリスは兼ね備えていたと言っている。
バイリンガルやトリリンガルどころではない。あまりの語学の天才ぶりに呆気にとられた。そんな彼は第二次世界大戦の勃発とともに軍属し、除隊後は建築家の道を選び、イギリス文部省の学校建築を担当する。一方で軍属中も、クレタ島の遺跡から発掘された「ミノア文書」の写しを持ち歩き、のちに線文字Bを解読した。それほど輝かしい功績を残し、建築家としても言語学者としても将来を期待された彼の未来は、1956年のある日、ふいに閉ざされた。劇的な彼の人生の結末は、本書を読んで知ってほしい。
- 電子あり
発音も不明な謎に満ちた文様――エジプト聖刻文字、楔形文字、ヒッタイト文書、ウガリット文書、ミュケーナイ文書。主要古代文字が解読されるまで推理、仮説、検証を重ねた、気の遠くなるような忍耐と興奮の軌跡を、言語学と旧約聖書研究の泰斗が、平易かつ正確に描写。数千年を超えた過去との交流を先人とともに体感できる、心躍る書!(解説・永井正勝)
まえがき
第一章 言語と文字 高津春繁
第二章 エジプト聖刻文字の解読 関根正雄
第三章 楔形文字の解読 関根正雄
第四章 ヒッタイト文書の解読 高津春繁
第五章 ウガリット文書の解読 関根正雄
第六章 ミュケーナイ文書の解読 高津春繁
学術文庫版解説 永井正勝(人間文化研究機構人間文化研究創発センター特任教授)
索引
地図
内容紹介
両者の解く古代文字解読の世界は、解読当時の学者達や社会の常識を踏まえつつ、解読者の心境を代弁するかのような語り口でなされている。そこに時折加えられる古代社会の記述も相まって、読者は解読当時の様子をこの目で見ているかの如く本書を読み進めていくことができる。(略)本書の魅力は、文化に対する深い理解と愛を持った卓越した研究者の手になる部分が大きい。 ――――――「解説」より
*本書の底本は『古代文字の解読』(岩波書店 1964年10月刊)です。文庫化にあたり読みやすさに配慮して、旧字を随時、常用漢字に置き換え、送り仮名も新字対応とし、ルビの追加を行い、明らかな誤植は訂しています。
経年などにより説明が必要と思われた箇所は、編集部註として[ ]で補足いたしました。「最近」「現在」などの表記につきましては、原本が出版された一九六四年時点の時制といたします。
本書には現在では差別的とされる表現も含まれていますが、著者が故人であることと差別を助長する意図はないことを考慮し、原本刊行字の文章のままとしております。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。
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