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【本人に告白】川上弘美が突然ハマった、今野敏「警察小説」の魅力とは?

2016.12.11
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『継続捜査ゼミ』の発売を記念して、電子書店「Reader Store」の主催で、今野敏さんと今野作品の大ファンである川上弘美さんのトークショーが行われた。純文学作家・川上弘美さんが、ジャンルを超えて今野作品の魅力に迫る。

今野敏の夏

今野敏写真

川上弘美(以下、川上) 実は、警察小説という分野があることは知っていたんですが、去年までは一冊も読んだことがなかったんです。

では、なぜ警察小説を読むことになったかというと、沢村鐡さんっていう、青春小説を書いてデビューした方とイベントでご一緒した時に、「警察小説を書いてます。読んでください」って本をいただいたんですね。青春小説や子供向けの本を書いていたのになぜ警察小説をお書きになったんですか、と聞きましたら、「ひとつ、警察小説など書いてみません?と編集者に言われまして」ということで。それを読んだら物凄く面白かったんです。毛色の変わった警察小説で。でも私は、小説の中で人が死ぬと怖いんですよ。ミステリーも怖くて読めなくて。そう思っているうちに、去年の夏、足の骨に罅(ひび)がはいって松葉杖をつくようになってしまって、書庫から本を持ってくることができなくなったんです。それでも、本を読まないといられないたちなので、生まれて初めて電子書籍に挑戦してみました。せっかく電子書籍を読むんなら普段は読んだことのないものにしよう、そうだ警察小説だって思って。沢村鐡さんの警察小説は中公文庫で出ていたので、中公文庫で出ているいくつかの警察小説を読んでみたんですけれど、今野さんのを読んだとたんに、「うわあ、来た!」と。それから「今野敏の夏」になりました。(笑)

今野敏(以下、今野) それは、お恥ずかしい。実はですね、今日は本の宣伝に来たんです。これです(『大きな鳥にさらわれないよう』を取り出す)。非常に面白かったです。短篇なんですが、全体で一つの大きな物語になっているんですよね。

川上 はい。私はふだんは純文学と呼ばれる分野の小説とかを書いているんですけれど、大学生の時はSF研にいて、そこで初めて小説を書いたんです。その後はずっとSFを書いてこなかったんですが、久しぶりに故郷に帰ったような気持ちで書きました。

今野 滅びゆく地球の中に、いろいろな小さな世界があって、それらがまとまってみると、そこはかとない希望が見えてくるというとてもいい小説です。

実は、私もデビューをしたときには、「自分はSF作家だ」と思っていたんです。川上さんと私の共通点は、お互いに新人賞の時の選考委員に筒井康隆さんがいらっしゃったことですね。この本の帯に、筒井さんの推薦文があって、うらやましいなあ。

川上 ありがとうございます。自慢の帯です! 今野さんのデビュー作は『怪物が街へやってくる』ですよね。

今野 そうなんです。筒井さんに読んでほしくて、徳間書店の「問題小説」新人賞に応募したんです。まだ学生の時でした。受賞した時に、徳間書店の担当編集者の方に「うちの新人賞じゃ食えないよ」って言われて、それで就職したんですよ。レコード会社で、講談社とかにレコードを配って歩きつつ、「Big music」っていう雑誌に原稿も持っていってた。

川上 それはどういう原稿だったんですか。

今野 『レコーディング殺人事件』っていう(笑)。連載小説だったんです。

川上弘美の選ぶ今野作品ベスト3は

川上弘美写真

川上 今回ベスト3を選ぶために、持っている今野作品を全部読みなおしたんです。楽しかった! まず第3位は、「任侠」シリーズ(中央公論新社刊)です。1位と2位を決めるのはとっても難しい。いちおう順番を付けました。2位は「隠蔽捜査」シリーズ(新潮社刊)。主人公の竜崎がナイスです。

今野 竜崎さん好きです、ってよく言ってくださる女性ファンの方がいるんですけど、今野敏よりも竜崎が好きらしいです(笑)。

川上 第1位は『奏者水滸伝』(講談社刊)です。

今野 うわあ懐かしい。それは処女長編なんですよ。

川上 ベスト3を選ぶときに、今野さんの作品のどこに引かれるのかって考えながら読んだんですよ。それでわかったことがあって。それは、スーパーで素敵な存在が出てくるところ。でもそのスーパーさは一人の人間ではなく何人かの分業と協力によって達成されるという、絆の美学が今野作品にはある。

今野 色々な能力のある人が力を合わせてやるっていうのは、原型としては『里見八犬伝』とかがあるんですけれど、私の中の原型としては、実は石ノ森章太郎の『サイボーグ009』なんです。

川上 私、初恋が(島村)ジョーだったんです。

今野 あら。私はね、(003の)フランソワーズです(笑)。

川上 実はデビューする前に戦隊ものを書こうと思ったことがあったんです。主婦とか、お坊さんとか、戦隊に入らなそうな人が、普段は普通の生活をしていて、何かあると集まるっていうのを二十代の頃、思いついて。

今野 いいじゃないですか。今から書きましょうよ!

川上 でも、既にあるんですよ。そういう戦隊ものが。一人だけは戦闘のプロだけど、残りは、女子高生とジャズプレイヤーとお嬢様と農家の人。その脚本家の人が大好きになって。そうしたら平成仮面ライダーのメインライターがその人だったんで、平成仮面ライダーオタクとなりました(笑)。

『継続捜査ゼミ』ここだけの秘話

川上 今野さんにお聞きしたいことがあって。今野さんの小説の女子がとても素敵なんですが、女の子のキャラクターってどうやって書いてるんですか。

今野 男の作家って女の子書けないじゃないですか。ふつうは。

川上 そういう人が多いですよね。

今野 私もだめだと思うんですよ。たぶん。どうやって書き分けてるかというと、実は書いているときは、そのキャラクターを女だと思って書いてないんですよね。

川上 なるほど。

今野 後はもう一つ、自分が女になっちゃってるっていう。

川上 自分の中の女性性を出しているんですね。

今野 女性だったらどう考えるかなって理屈で考えているわけではなく、反射的に。

川上 じゃあ、今野さんの中の女性成分が素敵なんですね。

今野 それは嬉しいですね。女性に女性の登場人物を褒められるっていうのが一番、ほっとします。

川上 今野さんの作品の中で出てくる女の子では、『闘神伝説』(集英社刊)に出てくる初穂ちゃんという神社の娘がことに好きです。彼女がすごく自然なんですよね。大変な事件が起こって、神的な存在と恋愛もしちゃうし、自分の能力にも目覚めるのに、しゃべっていることは、今の普通の女の子。彼女と、彼女のひいおばあちゃんが一番好きな女性キャラクターかもです。ですけど、今野作品にはあんまり女の子が出てこない。『ST』の翠も好きなんですけど。『継続捜査ゼミ』で初めてたくさん女の子が出てきて驚きました。

今野 私も驚きました(笑)。

川上 なぜそんなに女の子を?

今野 いえ、それには色々大人の事情がありまして(笑)。女優が出られないと、テレビドラマ化とか、映画化の話が絶対にこないっていう。みんなにそういわれまして。それで開き直って、じゃあ女ばっかり出しましょうって。ただ、凄いチャレンジでした。男性作家が女性を書き分けるって、こんな難しいことないんですよ。それを川上さんに認めてもらえたんでちょっとほっとしました。

川上 さきほど、男性と思って書いていたと伺って思ったんですが、今野さんの小説って男性性、女性性みたいなところがあまり出ないですよね。強い男性が書かれていても、男性性が表に出てこない感じです。小説の中で女がどう位置づけられているかということには、女性読者としてはどうしても敏感になるんですけれど、今野さんの小説には女を低く見たり反対に過剰に神聖視したりというところを感じたことがないです。

今野 そうですか。皆さん日常生活を送っている中で、自分が女であるとか、男であるとか考えて行動しているってことはないと思うんですよ。そういう局面に立たされることはあるけれども、それ以外の日常生活では考えていないんですよ。

川上 なるほど、その通りですね。

今野 そう思うと普通に書けるんですよ。

川上 今野さんの作品にはまった要因には、そういうところもあると思うんです。

今野敏(こんの・びん)

1955年生まれ。上智大学在学中の1978年「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て、作家業に専念する。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、2008年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。

川上弘美(かわかみ・ひろみ)

1958年生まれ。1996年「蛇を踏む」で芥川賞、1999年『神様』でドゥマゴ文学賞と紫式部文学賞、2000年『溺レる』で伊藤整文学賞と女流文学賞、2001年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、2007年『真鶴』で芸術選奨、15年『水声』で読売文学賞、本年『大きな鳥にさらわれないよう』で泉鏡花文学賞を受賞。

  • 電子あり
『継続捜査ゼミ』書影
著:今野敏

元ノンキャリ刑事の大学教授と少数精鋭のイマドキ女子大生が挑むのは、継続捜査案件、つまり「未解決事件(コールドケース)」。キャンパスで起こる様々な事件は、やがて、ある大事件に結びつき……。史上もっとも美しい捜査チーム誕生! かつてない新感覚・警察小説!

  • 電子あり
『大きな鳥にさらわれないよう』書影
著:川上弘美

遠く遙かな未来、滅亡の危機に瀕した人類は、「母」のもと小さなグループに分かれて暮らしていた。異なるグループの人間が交雑したときに、、新しい遺伝子を持つ人間──いわば進化する可能性のある人間の誕生を願って。彼らは、進化を期待し、それによって種の存続を目指したのだった。しかし、それは、本当に人類が選びとった世界だったのだろうか? かすかな光を希求する人間の行く末を暗示した、川上弘美の「新しい神話」。

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