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(著:荒木 経惟)
美容誌「VOCE」で約20年続いた、写真家・荒木経惟のインタビュー連載。電通出身の荒木氏が語るファッション写真とは? 連載第13回の写真論を公開。
──自身も写真家として活動するトップモデル、ヘレナ・クリステンセン。荒木氏の写真に恋した彼女が、自らの意志で被写体となった。その瞬間、そこに、衣装と、街と、写真への、圧倒的な愛情が溢れた……。ファッションを通して写し出される本性とは?
“「こんなに素敵な服です」って写真で「報告」するのがファッション撮影。欲しいのは「品性」と「野生=野の性」だね”
実を言うとさ、俺、ファッションモデルって結構好きなんだよね。みんな、服を着ながら、感情を殺して歩いてるじゃない? そこに妙な、何ていうか、新しいエロスを感じるんだな。
服ってさ、誰も着ないと死んでいる状態なんだよ。でも、誰かに着られることによって、生き生きする。女はね、裸でいるよりも、服を着てからのほうが、本性がでたりするんだ。一枚の布が肌に触れた瞬間に、喜びとか哀しみとか、怒りとかさ、いろんな感情が浮かんでくる。だから俺は、その人の本性が写っているのがファッション写真だと思ってるんだよ。
そういうことをアタシが初めて知ったのは25歳のときだね。まだ電通で広告写真を撮っていた頃なんだけど、あるとき、ファッション写真にも挑戦してみるか、って思い立ったの。ファッション写真といえば、普通にリチャード・アヴェドンとか、アーヴィング・ペンとか、ウイリアム・クラインなんかが教科書とされていた時代でね。そのときオーディションに来た外国人のモデルのなかで、ひとり、個性的すぎて広告には使えないなって子がいたわけですよ。で、彼女を落として、結局、自分だけのモデルにしたのさ(笑)。
『ジャンヌ』っていう映画の真似して、ストーリーを作ってさ、電通のスタジオで夕方の6時ぐらいから、毎日撮ってたんですよ。自分で、いろいろ洋服を持ってこさせてね、あれこれ着せて……。彼女の体型は、脱ぐとペッタンコで、ヌードでは本性が出ないんだけど、服を着ているとこれが、不思議といいんだね。そのときに、ファッション写真は、服を着せることによって、モデルの本性を引きだせばいいんだってわかったわけですよ。
ヘレナはもともと、アタシの写真が好きで、写真そのものにも興味があったみたいだから、今回、コラボレーションが決まったときは、その『ジャンヌ』ていう、アタシにとって最初のファッション写真集を渡して、「これで研究してくるように」って言ったんだ。そしたら彼女、その写真集をすごく喜んでね。いろいろポーズの練習なんかをしてくれたらしい。
「着ている服が素敵に見える」っていうのも、ファッション写真の基本だね。このトレンチコートの写真もさ、コート自体は結構シンプルだったから、俺は、「このイメージ壊そうぜ」「道路に寝っ転がっちゃえ!」って言ったの(笑)。この写真のときには、もう、ヘレナが自由に舞ってくれた。あとで俺、津森千里に言われたもんね。「荒木さんは衣装を見抜いてる」「読みがいい」って。
最近のファッション写真って、ちゃんと衣装を撮ってないんだよ。「これはこんな素敵な服なんだ」ってことを、写真で報告していない。単なる「ブツ」に見せちゃうんだな。衣装って結局は布なんだから、肌に触れると気持ちいいし、やさしく愛撫してくれるし、感じるし。そのまま寝てしまいたくなるような衣装だってことが写ってなきゃ。まあ、それは実はすごくオーソドックスなことなんだけどね。写真で衣装を素敵に見せるには、その服やモデルに対して、思いやり、慈しみの心がないとダメ。だからね、ファッションもやっぱり愛なんですよ。
洋服っていうのは、つまり「もう一枚の肌」だからね。誰だって素敵なものを着ると、気持ちが浮き浮きするじゃない? 逆に、気に入った衣装がないと、デートに行きたくない気分ってあるじゃない? いい衣装は、それを着ることによって、上気できなくちゃ。そしたら撮るほうだって上気しますよ。女は、素敵な衣装を着たら、のぼせなくちゃ。
ポートレイトを撮っていてもね、衣裳を着て、時を過ごしているってことが、その人の顔を変えさせるよね。Tシャツとシルクのブラウスでは、表情なんて全然違ってくる。素敵なものを着ることで、人は顔も気持ちも変わるものなんだよ。それがつまり、ファッション効果なんだね。
いい衣裳の条件はさ、その服が、「あなたのための一点」に見えることだね。その人だけのものになっていること。その人が着ることによって、いちばん衣裳が生きること。別にオートクチュールである必要なんてないんだよ。本当に普通の服でも、ちょっと衿を立ててみるとかさ、着こなしによって自分のものにしなきゃ。自分のイケてないところとかダメぶりを、衣裳のせいにしちゃいけないわけですよ(笑)。自分でなんとかしようという、そういう気持ちが大切なんだよ。写真にだって、結局はその「気持ち」が写ってるのさ。
一口に「衣裳」といっても、着物と洋服ではけっこうな違いがあるね。洋服は、着ていて気持ちのよさそうな「動き」が素敵に見えるものだけど、着物のほうは、どちらかというと「静」に向かっていく。このヘレナの写真も、ノーブラなのがすごくいいんだけど(笑)、洋服は胸を開放させるのに、着物は胸を締めつけるものなんだよね。着物の場合はさ、襦袢とか帯とか紐とか、身につけるものもすごく多いだろ? だから、着ているときと脱いだときの落差が激しいんですよ。そこが着物の、淫靡(いんび)でインモラルなところなんだろうね。
ただ、着物と洋服どちらにも、汚すとか、壊すとか、ほどくとか、全体にほんのちょっと乱れがあったほうが面白い。その乱れに気づいた瞬間、男は女に触れたくなるものなのさ。だから好きな衣裳をまとったとき、女は、媚女にならなくちゃ。いい意味での下心が伝わってくる衣裳の着方が、できるようにならなくちゃね。
アタシが、じぶんで衣裳を着るときの気分はね、「ワイルド&エレガンス」、このふたつだね。普段着てる服は、それだけ伝えて、あとは適当に作ってもらってるの。ファッションてさ、まあ何でもそうだけど、品位がないとダメなんだよ。それに、男に限らず、女性の衣裳にも野性がないとダメ。野性って、「野の性」だから。男性とか女性を超えた「野性」って実は、上品のなかに隠れているものなんだよ。で、野性のなかにも上品が隠れてる。そのふたつの要素が備わっている衣裳なら、その人を上気させてくれますよ。
’40年東京都三ノ輪生まれ。「愛」を撮らせたら世界でも右に出る写真家はいない、時空を超えた写狂人。11月1日から、何必館(かひつかん)、京都現代美術館で花の写真展を開催。同時期、個展での発表作品を中心にまとめられた豪華写真集を刊行(ポラロイド写真つき!)。その後、書だけの個展も予定されている。超多忙。超元気。
(取材・文/菊地陽子)
- 電子あり
雑誌『VOCE』で2001年から約20年続いた荒木経惟のインタビュー連載から、荒木氏が残した“名言”を収録。
【荒木氏の20年分の“生の声”の集大成】女性論、写真論、幸福論、芸術論、死生論など、荒木氏の“生の声”を収録。20年間表現しつづけてきた変わらない哲学は、触れた人の背中をそっと押す優しさと、視点が変わる新しい気づき、そして人生を「をかし」むユーモアに溢れています。
【あらゆるシリーズから豊富な写真を掲載】さっちん、空景/近景、幸福写真、エロトス、チロなど、初期〜現在の作品まで163点を収録。パッと開くと、その時の心に刺さる名言や写真に出合える1冊です。
【20年間取材したライターのレポも収録】連載のロングインタビューを再編集した長文の「荒木論」も8つ収録。巻末には、取材時の荒木氏の様子を劇場的に捉えたエピソードコラムや、現地で取材した海外展のレポート、著名人の撮影の様子なども掲載。
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