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池袋の街を騒然とさせたストライキ。名門百貨店存亡の危機に立ち上がった労組委員長の闘い!

2024.08.02
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2023年8月31日、池袋駅と直結した大型百貨店・西武池袋本店で、大規模なストライキとデモ行進が行われた。西武池袋といえば、百貨店業界トップクラスの超有名店であり、年間約7000万人の来店者数を誇る。そんな人気店で、大手百貨店としては61年ぶりとなるストライキが行われたことは、マスコミでも大々的に取り上げられ話題を呼んだ(ちなみに前回行われたのは1962年の阪神百貨店)。本書はその実行に至るまでの経緯を、そごう・西武労働組合の中央執行委員長である著者が、自ら克明に記した一冊である。

手に汗握る実録ドラマとしての臨場感、赤裸々な内部記録としての興味深さだけでなく、そこには会社組織に属する現代人ならいつでも誰でも直面するかもしれない事態が描かれている。もしあなたが会社勤めでなくても、巨大な権威に翻弄される立場であるならば、決して他人事ではない。つまり、時の政府と個人の関係にまで思い至らせる、まさしくリアルタイムの生々しさをはらんだノンフィクションなのだ。その筆致は、組合委員長としての説明責任を背負い、数々の記者会見もこなしてきただけあって、優れた伝達力と冷静な客観性、時には熱気みなぎる説得力に満ちている。プロ顔負けの文章力と言えよう。

まずは著者の百貨店に対する思い入れと愛情、そして彼らが「守るべきもの」はなんだったのかを読者は理解する必要がある。著者は自身の経歴を振り返りながら、その本質を説いていく。それはのちに一部の経営陣に「理解されなかった」ことでもある。以下は、本書プロローグからの抜粋だ。

「百貨店は斜陽(しゃよう)産業で、すでにその存在意義を失っている」という見方もあるでしょう。「どうせ潰れる会社なんだから、いまさらストなんかやって頑張っても意味がない。もっと早く頑張れよ」「どうしようもない百貨店を買ってくれるだけマシだ」というご意見を耳にしたこともあります。
しかし私は、そうは思っていません。
百貨店は、一企業だけのものではない、その街で長くお客さまに愛され、地域に深く根差したお店は、街の文化の一部、公器であるというのが私の考えです。

百貨店経営と文化的成熟を結びつけたセゾングループの発展と凋落、2006年に親会社となったセブン&アイ・ホールディングスとの関係、そして2023年に米国の投資運用会社フォートレス・インベストメント・グループに買収された経緯などについては、新聞などで目にした読者もいるだろう。しかし、長年現場で働いてきて、労働組合委員長に就任した矢先、経営方針の大転換に直面する著者から語られる言葉には、新聞記事とは異なるヒリヒリした生々しさがある。

マスコミに情報がリークされ、会社の売却について衝撃的なニュースが次々と飛び込んでくる一方、経営側から組合には一切情報が降りてこない。2022年1月、「セブン&アイ、海外に投資シフト そごう・西武を売却へ」という決定的な報道が出たとき、著者は突然の立ち眩みで意識を失い、救急車の中にいたという。なんともドラマチックな逸話だが、直後に行われたセブン&アイ経営陣との労使協議の場から、戦いは本格的にスタートする。

私が主張したのは、「雇用の維持」と「事業の継続」、そして「情報開示」の三つである。以後二〇二三年八月のストライキまで、この三点をブレずに一貫して言いつづけることになる。

つまり、この3点が曖昧なまま、事態はストライキ決行の日まで突き進んでいく。頑なに己の論理を押しつける経営者のやり方に、憤りや理不尽の感情を覚えない労働者はいないだろう。

翻弄されてばかりだったそごう・西武労組も、ついに反撃に出る。河合弘之弁護士という強力な助っ人の支援を得て、それまで避けていたストライキという「決断」に向け、事態は一気に動き出す。そのドライブ感は圧巻だ。弁護費用の工面を心配する著者に「カネの問題じゃない」と言いきる、河合弁護士の強烈なキャラクターにも圧倒される。

「ボクは若いころさんざんカネ儲けして、おカネに困ってないんだよ。いまは若いころに儲けた罪滅ぼしじゃないけど、世のため、人のために動いているんだ」
「…………」
「ボクは正義の味方になりたいんだよ。カネの問題じゃない。弁護費用は心配しなくていいですから」
(中略)
ここから一気に、怒涛(どとう)の日々が始まることになる。

181ページから数ページにわたって掲載された、売却差し止めを求める河合弁護士作成の訴状は、それだけで読みごたえがある。この問題の本質と、セブン&アイ経営陣の不誠実さが明解に列挙されているからだ。一方、相手側の弁護士は難解な物言いの書状で原告側を翻弄する。現代の企業間(内)闘争の不毛さとやるせなさを見る思いだが、それでも戦い方を熟知した河合弁護士の言葉は、矢面に立った著者にも、そして読者にも清々しい心強さを与える。

「寺岡くん、これは勝ち負けじゃないんだよ。いかに世論を味方につけるかだから。セブン&アイがそごう・西武労働組合にどれだけ不誠実な対応をしているかということを世に知らしめて、どれだけ多くの人が苦しんでいるかということ。その事実を、広く知ってもらうことが大事なんだよ。だからいまは従業員だけじゃなくて、OB会も『俺のふるさとをどうするつもりなんだ』とか、あらゆる方面から訴えかけるのがいいんだよ。
これから君たちはセブン&アイ・ホールディングスと対峙するかもしれないし、仮に株式譲渡が成立すれば、フォートレスという海外ファンドとも対峙することになる。そのとき労働組合が単独で闘うのと、世の中が味方について闘うのとでは全然違うんだよ」

ついに労組は西武池袋本店のストライキ決行計画に着手する。ここで予想外の“怪物性”を発揮してくるのが、セブン&アイの井阪隆一社長だ。もしかしたら本書で最もホラー的かつ滑稽な見せ場といえるかもしれない。

業界内や世間では「交渉のプロ」「粘り腰の営業戦略家」などと高い評価を得ていても、実際にはモラルや常識を逸脱した言動で相手を追い詰めることに長けた「いじめっ子」気質なのではないか、という想像が働いてしまう場面が次々と登場する。「こういう人、取引先にいる!」とか「こんな上司、いた!」とか、トラウマを刺激されてしまう読者もいるかもしれない。

「……寺岡さん今日は冷静さを欠いているね」
再び「?」が脳裏に浮かんだ。
「いま事務所ですか。まわりに部下がいるから、返事ができないんですね。あらためて、一人のときに電話をしてください」
(中略)
終電に間に合うように事務所を飛び出し、電車の吊り革を握った。疲れた目でスマホを見ると、井阪社長からメールが来ている。
〈ストライキは絶対にダメだ。将来の、従業員のために、よく考えてください〉
このしつこさ、執念深さは評判通りだった。

相手に不安の種を振りまいたり、同じことを何度も繰り返して相手を疲れさせたりして、最終的に自分の主張を受け入れさせるのも、ある種の人間の常套手段である。それは一方的な人心操作のテクニックであって、まともな対話や会話ではない。読むだけで疲弊感が伝わるようなやりとりの中で、著者はこの問題全体の核心にも触れている。

井阪さんが、組合という組織をいまひとつ理解していないということも気になっていた。
「あなた委員長なんでしょう、あなたが決断すればストを回避できるでしょう」と言われたが、組合として決めたこと、中央執行部として決めたことは組織としての判断で、会社のようなトップダウンのやり方とは違うと何度説明しても理解してもらえなかった。

相互理解がないまま強引に交渉が進み、資金力で上回った強者だけが必ず勝ち残る……それが現在の企業買収や企業成長のあり方なのだろうか。口幅ったい言い方だが、そこには「文化」の息づく余地がない。それこそ我々が「ものを買いに行く」以上に、百貨店という場所に求めるものではないだろうか。

個人的な話だが、一時は池袋駅東口方面に職場があり、西武池袋本店の堂々たる佇まいは日常的光景だった。昔から裕福ではないので利用回数はそんなに多くないが、それが「街の顔」であることは理解していた。決して品行方正とは言えない繁華街・池袋の、いわば品位と尊厳を体現するランドマークだと思う。現在、ヨドバシホールディングスが西武池袋本店の不動産オーナーとなり、店舗の一部にはヨドバシカメラが進出しているが、ハッキリ言って東口周辺は家電量販店の数が多すぎる。飽和状態の先行きには不安しかない。無論、家電量販店の現場の社員にもそれぞれ誇りはあるだろうから、本書を読んで思うところはあるかもしれない。だが、現場を無視した企業トップの横暴に対する反骨心は、大いに理解できるのではないだろうか。

2023年9月1日付で、そごう・西武はフォートレスに売却された。「結局、デモやストライキをやっても、何もならなかったじゃないか」と冷めた口調で語る人は、おそらく選挙にも足を運ばないはずだ。結果はどうあれ、態度と行動力を一人一人が示すことが大事なのだという事実を、この本を手に取る人ならきっと分かっている。分からないのなら、いますぐ本書を読むべきである。

  • 電子あり
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』書影
著:寺岡 泰博

「池袋の街に、百貨店を残そう!」
「西武池袋本店を守ろう」
「日頃からご利用いただいているお客さまに、これからもお買い物を楽しんでいただきたい」
2023年8月31日、そごう・西武労働組合は、百貨店として61年ぶりとなるストライキを決行した。
日本国内で3番目の売り上げを誇り、年間6500万人もの人が来店するという巨艦・西武百貨店池袋本店は、この日全館シャッターを下ろし、終日営業をストップした。
このストライキを決断し、実行したのが寺岡泰博・中央執行委員長である。
西武百貨店に入社して30年。私的整理による会社再編、そごうとの合併、そしてセブン‐イレブンを経営するセブン&アイ・ホールディングスによる買収・子会社化と激動を経験した。
その間、相次ぐ店舗閉鎖によって、退職・離職する仲間たちを涙ながらに見送ってきた。
30代で労働組合の執行委員を経験したあと、池袋店の婦人服売り場ゾーン店長や、有名ブランドを担当していた。二度と組合の仕事はしないと決心していたが、在庫の大量廃棄など店頭の混乱を目にするうち、心が揺れる。
「君になら任せられる」という前任者のひと言に背中を押され、2016年に労働組合に復帰。中央執行委員長に就任する。
待っていたのは、外資系ファンドへの新たな「会社売却」交渉だった。
しかも、そごう・西武を支える中核店舗の池袋店の不動産をヨドバシカメラに売却し、店舗の半分を家電量販店に改装するという。
自分たちはこれまで、百貨店人としてのプライドを胸に働いてきた。驚きと喜びをもたらす商品を顧客に届け、新たな世界を体験していただくナビゲーターになる。それが「百貨店」という文化だと思っていた。
会社売却しても「雇用を守る」と経営者は言うが、百貨店で働くことと、ヨドバシカメラやコンビニで働くことはまったく意味が違う。
コロナウイルスの感染拡大のあとのリベンジ消費や、インバウンドで各百貨店がいよいよ上昇気流に乗ろうとしているいま、なぜ百貨店を売ってしまうのか。
「雇用」ではなく、「雇用の場」を守ってほしい。百貨店人としてのプライドを知ってほしい――。
5000人の社員の先頭に立ち、闘いつづけた熱い男の魂の記録。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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