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鬼才が描いた異才への恐れと親しみ。北斎は鬼をどう捉え、表現してきたか。
(著・編:すみだ北斎美術館)
「鬼」と聞いたとき真っ先に思い浮かぶのは、どんな鬼ですか?
節分のお面のような鬼を想像する人もいれば、『鬼滅の刃』に出てくる鬼をイメージする人もいるでしょう。
しかし、葛飾北斎によって描かれた鬼は、実に多種多様。
北斎が生まれた東京都墨田区にある「すみだ北斎美術館」の特別展「北斎 百鬼見参」(2022年8月28日まで開催)の公式図録には、怖い鬼もいればユーモラスな鬼もいて、様々な鬼が登場します。
日本で最初に公的に鬼の目撃談が記されたのは、『日本書紀』だといいます。
室町時代以降はお伽草子の発展で、超自然的な存在から悪役的なものへと鬼の認識が変わり、江戸時代になると親しまれる存在としても、描かれるようになりました。
そんな庶民文化が発達した江戸時代後期に活躍した浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849)。
北斎といえば、各地から見る富士山を描いた「冨嶽三十六景」などが有名ですが、海外の近代美術にも大きな影響を与えたのが、全15編にもおよぶ『北斎漫画』。
『北斎漫画』は、江戸時代の人々の日常や風景、動植物、幽霊、妖怪など様々なものをスケッチ風に描いた絵手本で、その中でも一番目を引いたのはこの「地獄」の絵。
悪いことをしたら地獄に落ちると刷り込まれて育った身としては、「日本人がもつ地獄の典型的なイメージがわかりやすくまとめられている」という解説文にも、いたく納得してしまいました。
そして、この令和にもし北斎が生きていたなら、どんな絵を描いただろうと思ったのが、こちらの「朱描鍾馗図(しゅがきしょうきず)」。
鍾馗(しょうき)は、疫病や魔除けの効果があるといわれる中国伝来の神様で、玄宗の夢の中で最初に現れたときは鬼の姿をしていたそうです。
当時は鍾馗図を飾ることが流行っていたので、北斎も様々な鍾馗図を描いていますが、この絵は江戸時代に流行した疱瘡(ほうそう)を除けるため、効能があるとされた朱色の明暗で表現されています。
この構図があまりにもカッコ良くて、さすが天才!!と思ったのですが、単なる天才ではなく、後世のために絵の手引き書も残した偉大な絵師でもあります。
北斎は何度も画号を変えていて、晩年には「画狂老人卍(がきょうろうじんまんじ)」を名乗っていました。そんなユーモラスな人柄が感じられる作品もあります。
そして、今回の展示作品の中でも特に吸い寄せられたのが、『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』の一場面であるこちら。
『椿説弓張月』は、『南総里見八犬伝』の作者でもある江戸時代のベストセラー作家、曲亭馬琴(きょくていばきん)が書いた読本(よみほん)で、北斎は挿絵を担当しました。
お話は、平安末期の武将・源為朝(みなもとのためとも)が、琉球王国の内乱を収め再建させるまでの活躍が書かれていて、このシーンは鬼ヶ島に上陸した為朝が海岸の岩を射るところです。
その劇画チックな迫力に驚いていると、隣のページには放った矢が岩を突き崩す様子が描かれていました。
そうです、漫画で使われる手法が、すでに取り入れられていたのです。
当時の読本は高価なので手に入りづらかったと思いますが、もし江戸時代に生まれていたら、きっと夢中になって読んだことでしょう。
今回は先にこの公式図録を読み込んでから美術館に足を運んだので、お目当ての作品を探す楽しみ、実物を目にしたときの驚きをより深く味わうことができました。
そしてなにより、「鬼」を通して北斎の若かりし頃から晩年までの作品が一度に見られたことで、北斎という人物を以前よりも知ることができました。
とにかく『北斎 百鬼見参』は、鬼に対する概念が覆(くつがえ)されます。
ぜひ、あなたの目で確かめてみてください。
すみだ北斎美術館「北斎 百鬼見参」展(2022年6月21日~8月28日)公式図録。初公開の肉筆画「道成寺図」をはじめ「百物語」シリーズなどで鬼才・北斎が鬼をどのように捉え、表現してきたかに迫る。
人気作、肉筆画から版本まで……。
鬼才が描いた、異界への「恐れ」と「親しみ」。
「恐ろしい鬼」「哀しい鬼」「愛らしい鬼」。
時代を超えて跳梁跋扈する姿を、北斎の筆はどう捉えたか?
北斎とその一門による、すみだ北斎美術館館蔵品を中心に、鬼才・北斎がどのように鬼を捉え、表現してきたかを紹介。
第一章●鬼とはなにか
第二章●鬼となった人、鬼にあった人
第三章●神話・物語のなかの鬼
第四章●親しまれる鬼
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp
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