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講談社社員 人生の1冊【52】『野中広務 差別と権力』頂点を目前に挫折した軌跡
(著:魚住 昭 対談者:佐藤 優 解説:佐高 信 )
森絵美 幼児図書出版部 30代 女
私の業はなんだろう……。
「君が部落のことを書いたことで、私の家族がどれほど辛い思いをしているか知っているのか」
「……これは私の業なんです」
本書の最後の最後、エピローグに、野中広務氏と著者・魚住昭さんとのこんなやりとりがある。このくだりを読んだとき、思わずのけぞりそうになった。「ご、業って……」。
本書を読んだのは、まだ大学院生のころ。当時からひどい政治オンチで、野中広務といえば「老獪で悪そうな人だなぁ……」という印象を持っていただけだった。それが、当時付き合っていた彼氏の影響(笑)で『私は闘う』(文藝春秋)を読んだことで興味がわき、「野中広務」はちょっとしたマイブームだった。その頃に受けた講談社の入社試験にも、「『毒まんじゅう』という単語を使って短文を作りなさい」という問題が出たくらいだから、旬?の人でもあったのだろう。もともと魚住昭さんのファンなので、刊行されてとびつくように購入したのを憶えている。
重厚なノンフィクションで、野中広務が国政に登場するまでの経緯が本当に面白く、ドロドロとした人間模様や「野中広務」たらしめた政治力がいかに築かれていったかが、魚住さんの綿密な取材と筆力によって、まるで推理小説のように一気に読み進められた。しかし、非常に驚いたのはやはり、「野中広務が被差別部落出身であること」が書かれていることだった。
小中学生のころ、人権教育に力を入れている学校に通っていたためか、「寝た子を起こすな」どころの問題ではなく、部落差別の歴史についてかなり知り尽くしていた。差別しようなんて意識はまるでないが、部落出身だということに他人が触れる(書く)ことがいかにタブーなのか。なにか肌で感じるものがあった。でも、そこに触れているからこそ野中広務という人物と政治の真に迫れたのだと思うし、「業」という言葉を返したことは一人の人間に切り込んでいく熱意──魚住さんが取材者としていかに真剣勝負をされているかが察せられ、感服してしまう。
この原稿を書くため、およそ7年ぶりに本書を読み返した。野中広務は政界を去って、首相も小泉純一郎以降、6人も変わった。毎年恒例の首相交代で、私の政治オンチではもうついていけません……と泣きを入れたくなる。しかし、本書で政治の構造や歴史を振り返ってみると、何だか、いま日本で起きている問題を予測しているのと同時に、起きたことに対する裏付けがあるようで面白かった。「政治」、「一人の人間について」、「取材とは」。1冊で色々なことを考えることのできる本だ。私自身、なにか「業」と呼べるものを追求していきたいという気持ちもわいた。
第26回講談社ノンフィクション賞受賞作。 権謀術数を駆使する老獪な政治家として畏怖された男、野中広務。だが、政敵を容赦なく叩き潰す冷酷さの反面、彼には弱者への限りなく優しいまなざしがあった。出自による不当な差別と闘いつづけ、頂点を目前に挫折した軌跡をたどる。
執筆した社員
森絵美【幼児図書出版部 30代 女】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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