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【What? ミステリ】奇抜な孤島の怪盗事件「何が盗まれたのかわからない」

先生、大事なものが盗まれました
(著:北山猛邦)
2016.06.11
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凪島(なぎのしま)の面積は、およそ200平方キロメートル。上から見下ろすとほぼ三角形の島の北端には、城塞めいた大きな灯台が聳え立っている。「バベルの塔」のような形をしたそこは、1000年前から灯(ひ)を守り継いできた最も神聖な場所であり、島内では2番目に生徒数の多い高校でもある。
 
灯台守(とうだいもり)高校。といっても、新入生はたったの28人。神灯雪子(しんとう・ゆきこ)は、その灯台守高校の新1年生だ。雪子にはふたりの幼馴染みがいて、それぞれ別の高校に通っている。

千歳圭(ちとせ・けい。以下、チトセ)は、高身長の金髪で一見不良のようだが、彼が入学した「御盾(みたて)高校」は、別名「探偵高校」。島のエリートたちが集まる学校だ。もうひとりの幼馴染み、小舟獅子丸(こぶね・ししまる。以下、シシマル)は色白で華奢、性格も大人しい彼が通っているのは、「黒印(こくいん)高校」。島で最も治外法権的な学校で、別名「怪盗高校」。

怪盗高校についてはもう少し説明が必要だろう。凪島はかつて、罪人を島流しにする流刑島だった。現代でも彼らの末裔が暮らし、体のどこかに黒い痣を持っている。罪人の目印としてつけられた焼き印=刻印を連想させることから「黒印」と呼ばれるようになったのだそうだ。その黒印を持つ者たちは、現代科学の力をもってしても解明しがたい“盗みの技術”を持っているという。どの時代においても、その技術を欲する権力者たちに重宝されてきた彼らには、彼らの居場所があり、そのひとつが黒印高校らしい。

といったふうに、『先生、大事なものが盗まれました』は現実離れした設定の小説で、どちらかといえばファンタジー寄りの世界観ですらある。なんの予備知識も持たないまま本書を手に取った僕は、“普通の青春本格ミステリ”ぐらいに思っていたのだが、その認識が大間違いだったことはちょっと読み進めただけですぐにわかった。
 
奇抜な設定だけではない。『先生、大事なものが盗まれました』の最大の特徴は、「What?」だ。

本格ミステリにおける最もオーソドックスな主題は、「誰がやったのか」を意味するフーダニット(Whodunit。Who done it? の略)だろう。他にも「どうやったのか」を問うハウダニット(Howdunit。How done it? の略)や、犯行動機に眼目を置いたホワイダニット(Whydunit。Why done it? の略で、意味は、なぜやったのか)があるが、本書では「何が盗まれたのか?(What?)」が問われるのだ。

たとえば、第1話。探偵高校に通うチトセの宿題──「未解決事件の解決」を雪子とシシマルが手伝うことになる。事件の現場は、島で唯一の高級マンション。そこの1階のアートギャラリー。といっても、現在は廃れていて、部屋の中央に置かれている1500万円のライオンの彫像が唯一の展示品だ。
 
10日ほど前、そのアートギャラリーから1枚のカードが見つかった。

『あなたのだいじなものをいただきました。
 怪盗フェレス』

怪盗フェレスは、凪島に潜んでいるらしい伝説の怪盗のこと。しかし、その正体は謎。わかっていることといえば、目的のものを盗み出すと、現場に署名入りのカードを残していくことくらいである。ところが、唯一の展示品であるライオンの彫像は、まったくもって無事だった。ギャラリーには他に盗まれるような物などないのに……。

怪盗は何を盗み出したのか? それがこの事件の謎であり、島では他にも2件、「何が盗まれたのかわからない事件」が立て続けに起こっていた。そのふたつの現場にも怪盗フェレスのカード。現場には他にも共通点があり、それぞれ変死体が発見されているのだ。そのひとつに、雪子の担任であるヨサリ先生が現れて、「何が盗まれたのかわからない」という魅力的な謎は、ますます深まってゆく。

「What?」を問う切れ味鋭い変化球でありながら、解決編を読むと、ど真ん中に投げ込まれた直球の本格ミステリだとわかる本書、『先生、大事なものが盗まれました』は、全3話構成。第1話の終盤で怪盗フェレスの正体が早々に明かされる一方、物語が終わっても幾つか重要な謎は残る。今後、その謎がいかにして解き明かされていくのか、続きが本当に楽しみだ。
 
今後の展開が気になるのは、登場人物たちについても言える。天然かつ、ごく稀に毒舌な雪子に、幼馴染みの男ふたりがどう絡んでくるのか。個人的には恋愛要素が強くなっていくと予想するが、雪子は雪子でヨサリ先生(男)のことが気になる様子。ただし、それが恋なのかどうかは、まだわからない。雪子とヨサリ先生はお似合いだと思っているから、個人的にはくっついてくれてもちっとも構わないのだが、さてどうなることか。
 
たぶんチトセあたりが断固阻止するだろうと想像しつつ、本書におけるミステリパートと同じように、人間関係においても、思いもよらぬ変化球が投げ込まれることを期待したい。

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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