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動物に普遍的なのが、重力を感知する平衡覚器である。重力こそは、この地球で最も普遍的な感覚刺激であり(略)さまざまな感覚刺激の中で「壁」がないものは唯一、重力だけなのである
(著:岩堀修明)
人間に限らす生物はすべて感覚器をとおすことでそれぞれの「世界」を感じ、知ることで生命活動を続けています。
岩堀さんがいうように
「ヒトが築いたこの文明では、おもに「視覚」や「聴覚」を使ったコミュニケーションが発達している。しかし、もしもイヌが地球を支配していたとしたら(略)そこでは、非常に鋭敏な「嗅覚」を媒体としたコミュニケーションが発達したに違いない」
のかもしれません。
「世界」は感覚器の機能によって違っている。生物によって「世界」は違っているという
考えてみれば当たり前なことを再度思い起こさせてくれるものでした。
無脊椎動物と脊椎動物の感覚器の違いがまず大きく分かれる第一歩のようです。たとえば視覚器では無脊椎動物は皮膚から作られ、脊椎動物では脳から作られるのです。感覚器の最後で取り上げられた体性感覚(皮膚で感知する皮膚感覚と、筋・腱・関節などで感知する固有感覚のこと)までその無脊椎動物と脊椎動物との違いは厳然としてあるようです。
(ただし無脊椎動物で固有感覚器についてわかっているのは昆虫類だけだそうです)
この本は、感覚器の進化(の歴史)をわかりやすく紹介しているものです。進化というものを解説するには〈図解〉というのがきわめて有効な方法だというのをあらためて感じました。この方法を駆使して岩堀さんは「五感」の正体を教えてくれます。
とりわけ興味深かったのは味覚器のところと平衡・聴覚器の章でした。味覚器では5つ味覚物質を紹介し、また
「味覚器の本来の役割は“毒味役”であるが、私たちヒトはむしろ、本来は毒物に近かったものまで味わい、味覚で感じる世界を広げてきた。この意味でヒトの味覚は、ヒトが築き上げた「文化」というものを象徴する感覚ともいえるだろう」
といいながらも、味蕾の数では草食動物はヒトの倍以上(牛では4倍以上!)なのですからヒトの「食文化」もあまり自慢にはなりません……。
平衡・聴覚器では鼓膜の振動を伝える大事な耳小骨が
「エラを支えていた骨格や、上顎や下顎を構成する骨格がつくり替えられる際に不要になった骨の一部などを寄せ集めたものである」
という個所には、ヒト(生物)にはムダというものがないことを実感したりしました。
この本の読みどころ、見どころ(文字通り図解ですから)は多いですが、最終章のクジラについて書かれているところです。進化は後戻りできません。水中生活から陸上に上がり進化した感覚器を持ったクジラの祖先は、再び水中に戻ることによって、どのような進化(再進化)をとげていったのでしょうか。水圧から解放された視覚器は再び水圧という障壁にぶつかります。味覚器はどうなったのか、嗅覚器は……。感覚器のすべてが再び変容していきます。まるでそれは大きなドラマを見ているようです。けれどそのドラマの実体はヒトにはうかがい知れない部分がどうしてもあるのです。
「動物たちがその刺激をどのような感覚として感じているか本当のところはわからないということだ」
「動物の「主観」がはいってしまった段階で、そこから先のことは、動物たちが私たちと共通の言語を、持たないかぎり、その感覚器をもつ動物自身にしかわからないものになってしまう」
からなのです。そしてもうひとつ生物にとって肝心なことを岩堀さんは指摘してこの本を終えています。
「千差万別の感覚器の中で唯一、すべての動物に普遍的なのが、重力を感知する平衡覚器である。重力こそは、この地球で最も普遍的な感覚刺激であり(略)さまざまな感覚刺激の中で「壁」がないものは唯一、重力だけなのである」
刺激に満ちたこの本の最後にふさわしい言葉のように感じました。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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