私だからわかること
誰かを好きになるのは、その人が持つ美しさを見つけることとほぼ同じです。もしかしたらまだ誰も気がついていないかもしれないけれど、この私にはその宝石が見える! ……って胸がソワソワしたら、もはや好きってことでいいと思います。日記帳に書けるレベルにまで仕上がってる。
『染まるくちびる』の主人公の心花(みはな)は美容が趣味。そんな心花の視線の先にいるのは、こんな男の子。
教室の隅でひっそりたたずむ線の細い人物。ギリギリ幽霊じゃないけれど存在感が限りなく薄くて、陰のオーラすら出てる。でも心花は彼の美しさをちゃんと知っています。
美容オタクが撲滅せんと日夜戦い続けている毛穴が、彼の肌にはない。クラスのみんなも澄くんもこの美肌っぷりをよくわかっていないかもしれませんが、心花は見逃しません。
心花と澄くんは、自分が知らない自分の美しさをお互いに見いだしているような気がします。
きれいなものっていいよね、元気が出る。
自分らしくない趣味は知られたくない
心花は自分の趣味をみんなには秘密にしています。
生まれてこのかたずっと地味な私が、春夏の新作コスメを熱心にチェックしているなんて知られたら……! 「意外だね」なんてクラスの子に言われたら、もう恥ずかしくて教室に入れない。美容は、心花にとって自分らしくない趣味でした。
つまり、自分が愛してやまない美容の世界に溢れるきれいな色やキラキラと、おとなしい自分とが「不釣り合いだね」だなんて言われたら、すごく悲しい。心花は何重にも予防線を張っています。『染まるくちびる』はこのあたりの葛藤がとてもリアル。
でも好きなものは好きなんです。店頭限定色(つまりオンラインショップでは買えない)のリップがどうしても欲しくて、誰にも見られませんようにとお店へ向かいます。
で、お買い物カゴいっぱいにコスメを入れた状態で澄くんに遭遇してしまうのです。
心花ピンチ! それはそれとして日焼け止めをちゃんと塗る男子高校生ってすばらしい。そりゃ美肌だわ。心花はここで澄くんの意外な悩みを知ります。澄くんは、生気がなさすぎて幽霊みたいな自分をどうにかしたいそう。心花の美容オタクのセンサーが敏感に反応し……!
顔に血色感を与えるのに一番効果的なのはリップだよって澄くんに教えてあげます。今はメンズコスメも充実していますもんね。心花は美容のパワーを澄くんに力説するのですが、その言葉は心花本人には向けられません。いいの?
かわいい服を着てみたいし、友達と「この新色のアイシャドウかわいいよね」とか言いたい。でも勇気が出ない。願望のさじ加減がリアルで絶妙です。
くちびるを染めてあげる
澄くんは心花の影響でリップにチャレンジします。でも口の周りが真っ赤で……(そう、最初は口紅って上手く塗れない)。
動画を見て練習した澄くんにキュンとなった心花は、澄くんにリップの塗り方を指南することに。
誰もいない教室で、男の子のくちびるにルージュを引く。なんて色っぽいんだろう。
そして心花は自分のくちびるにはこんなきれいな色は似合わない、ってまだ思っているんです。澄くんが「塗ったら? 似合うと思うよ」って言ってくれても信じられない。でもある事件をきっかけに心花も勇気を出して……、
シートパック! いいよね! 翌日の心花はこんな女子高生になります。
すっっっごく、かわいい。本作で一番好きなページです。これだー!って思う。
限定色のかわいいリップだって「これ私のだよ(かわいいでしょ)」ってちゃんと言える。
心花の変化はまだ続きます。私らしさってなんなんだろうって考えながら読んじゃう少女マンガです。とても元気が出る。
派手な外見の子は、性格も派手じゃないといけないの? 私たちはキャラにふさわしい見た目であるべきなの? そんなことないんですよね。だから心花をめいっぱい応援したくなる。
先生からも「派手だけど、どうしたの? (あんなに地味な子だったのに)」って言われるかもしれない。でも心花が自分で選んだこと。きっかけをくれたのは澄くん。そして、
澄くんが変わるきっかけを与えたのは心花。もう満点の初恋でしょ。リップで存在感が増した澄くんですが、このあともっと素敵になります。「美容、すごい」って思っちゃう。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。