ぴったり隙間なくあわさったカップル。邪魔したいなんて微塵も思っていないし、ゲラゲラ笑っちゃうんだけど、「付け入る隙ないね」と思わずひとりごちる、そういうカップル。美しい。『フェチップル』の2人は、まさにそんなカップルだ。
画が突きつける「フェチ」の説得力
『フェチップル』は、文字通りフェチのカップルのラブコメだ。譲れないフェティシズムを抱えた男女が出会い、すごい勢いで恋仲になり、恋人として奮闘する姿を描いたコミカルな作品。まず、この手のめんどくさい話って小説でも映画でも漫画でもたまに出会いますが、どうです? 「はいはい」って思いません? 私は思いますよ、タランティーノの映画に出てくるカップルとか。どんなに楽しくても、「んー、その偏(かたよ)り、ちょっと付き合いきれねえ」みたいな他人事感がちょっとあるんです。好きにやってくれ、的な。
で、『フェチップル』です。本作で描かれるフェティシズムは“女性の美しい髪”と“男性のたくましい背中”のふたつ。コメディ寄りのラブコメの柱として、このふたつのフェチを置いているのですが、描写による説得力がかなり強い。たとえば、“女性の美しい髪”はこんな感じで現れます。
久々にこんな綺麗に描かれた髪を見た。ツヤッツヤ。これはフェチやむなし……というか、「我が事として理解できるフェティシズム」として「女性の美しい髪」を初めて考えた。緑の黒髪ってこれだよなあと思う。今までいくら「黒髪がいいよ!」とオタクに言われてもピンとこなくて、彼らの言葉をガン無視して金髪などにしていたが、なるほど、こういう美しい瞬間を彼らは夢見ていたのか。これは、もしかしたらいいかも。
すでに付き合うことになっている2人
さて、お付き合いまでにジリジリさせるラブコメと、付き合ってからのあれこれを描くラブコメがあるとしたら、本作は後者です。
上記のような勢いでサクッとカップルが成立します(なんなら1ページ目から彼らはできてます)。このシーンのように、どのページでも髪の美しさと背中の大きさがじわっと描かれており、フェチフレンドリーな作品だなと思う。でも、このカップル成立以降は、そういったフェチに加え「きゃー」も始まります。
描かれる髪の美しさはおなじなのに、それ以外の「何か」にドキっとなる。こういうドキっとなるリアリティが、本作のスパイスだと思う。(でもフェチは主食のように常にあります)
ラブの凄み
フェチ持ちの2人は、出会って即付き合うだけじゃなく、同棲も始めます。
なんだこの会話。「私の髪?」と訊ねられガチの顔をしている姿に笑う。
上記のようなフェチありきの2人の姿を楽しむ時間がしばし流れたあと、いよいよ「男女の仲」なお話もはじまるわけですが。
このページの題名にも掲げられたとおり「主役はあくまで髪」ではありつつも、読んでるこっちは少しウッとなる。なぜか。そもそも、2人は「自分が秘めるフェティシズムを最強に満たす相手」という圧倒的条件によってカップルになりました。
こういう感じで。
ですが、関係が深まるにつれ現れる別の要素が絶妙なんですよ。つまり、フェチで結ばれた強めなカップルが、さらに強くなる予感がして私は頭痛がする。
先ほど髪ブラをバンザイポーズで披露した人物すらこの表情です。
本作の後半は、ラブコメのお城がガンガン建ってゆくような気持ちにさせます。フェチが柱で、フェチを差し引いたラブが壁です。先ほど紹介した「主役はあくまで髪」から始まるお風呂のシーンは全ページ本当にすごい。
フェチのバカバカしさと、フェチならではの切実さと、恋愛のむずがゆさがある。
「フェチな部分以外も恋人に好かれたい」という欲求も出てきます。ちなみに、このおふたかたの名前は“言花さん(美髪で、おっぱいを押し付けている方)”と“柚木くん(背中が美しく、おっぱいを押し付けられている方)”といいます。名前を紹介するのを忘れてしまいましたが、たぶん、最初は“髪”と“背中”というフェチ的記号で彼らを見るはずです。
でも、記号に加えて彼らの日々がわかってくると、この2人はどんな人なんだろうと思います。読んでいる側の、2人への踏み込み方は、彼らの関係の深まりそのものと似ている(だから余計、常に存在するフェチに笑ってしまう)。
本当に綺麗な髪と、素敵な背中と、赤面しつつ進める王道の恋。こういう切り口のラブコメも可愛くて凄みがある。ほんと隙間なくぴったりくっついた2人だわ。いいなあ……。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。