アイドル・推し活全盛ともいえる今の時代、少女アイドル・推し活漫画の組み合わせには、注目作が多数あります。たとえば『【推しの子】』 『推しが武道館いってくれたら死ぬ』『
AKB49~恋愛禁止条例~』『
私をセンターにすると誓いますか?』『
Back street girls』など、アイドルそのものを描くものや、アイドルとファンの関係性にフォーカスした作品など、サスペンスからコメディまで多士済々。そんな少女アイドル・推し活漫画界に、新たな作品が加わりました。
「アイドラトリィ」。英語表記では「idolatry」、意味は「偶像崇拝」「盲目的崇拝」「心酔」とあります。
(引用「weblio」
https://ejje.weblio.jp/content/idolatry)
本作の大きな特徴は、推しを合格させるため、推しと同じアイドルオーディションを受けることになるというユニークな展開。狂気とも言うべき、その常軌を逸した主人公の行動を3つのポイントに絞ってレビューします。
主人公は、陽見循菜(はるみじゅんな)、17歳の女子高生です。彼女は5人組アイドルユニット・トーキョークラッシュのメンバーである槻城ふわり(つきしろふわり)の熱狂的な大ファン。
しかしある日、ユニットは突然の解散を発表。絶望に打ちひしがれる循菜でしたが、ふわりが配信した動画のわずかなヒントから、彼女が新たなアイドルオーディション「ラウストーン」を受けるのではないかと察知し、彼女のため自分に何ができるのかと考えます。
循菜が導き出した結論は、なんと、自らもふわりと同じオーディションを受け、応募者の立場からふわりのデビューへの道を支えること。上のコマで、「今から審査員になる」という案に「無茶言うな…」とセルフツッコミを入れるくらいには冷静なのに、なぜその選択はアリなのか!?
そもそも、すでにオーディション本選出場の100名は決定済み。彼女はノーチャンスです。たとえば大学の入学願書受付期間が過ぎてしまっていたら、別の大学に申し込むか、あるいは来年再挑戦するという選択があります。就職試験に間に合わなかったら、ダメ元でコネを使ってねじ込んでもらう手もあるかもしれません。でも、ふわりのオーディション合格が目的の循菜にとって「次回」はないですし、ただのオタクにはコネもない。そこで彼女がとった行動は――
(1) オーディションプロデューサー宅に侵入&待ち伏せ
(2)オーディションにふわりが参加しているかを最終確認
(3)マンツーマンの即席オーディション強制スタート!
オーディション参加者としてふわりを支える、その一本道しか見えてない循菜のヤバさが伝わる一連のシーン。しかし、さすがは芸能界の第一線で働くプロデューサー・新条絢子(しんじょうあやこ)。彼女もまた、常識を超えたところにいる人でした。突然の侵入者に最初は恐怖で腰を抜かすものの、ふわりのために――そのピュアな想いで一心不乱に歌う循菜の姿にいつしか本気の審査モードへ。新条が今回のオーディションで求めていたのは、1億人からの好意や敵意を向けられてもありのままの自分で輝ける、愛の総量リミットが壊れた狂人。
「私を突き動かすものがある」と語った循菜に、新条は尋ねます。
狂気を纏(まと)う少女と、狂気を探す業界人が出会うべくして出会った、運命の瞬間です。
こうして、ギリギリでオーディション本選出場を果たした循菜。彼女の目的はふわりのデビューを支えることであって、彼女自身が合格することではありません。ただ、101名参加のオーディションが1発で終わるはずもなく、ふわりも彼女も数々の審査を突破する必要があります。
目的達成はかなり困難……でも、循菜には秘策がありました。それは、オーディション番組内に協力者を作ること。番組ADの酒寄雷斗(さかよりらいと)がドルオタ&ガチ恋勢であり、オーディション出場アイドルの個人情報を悪用していたという弱みをゲット。これをネタに、彼を引き入れようとします。
循菜の怖さは、ふわりのオーディション合格を手伝え、と脅すのではなく、「私についたら世界一面白い画を撮らせてあげる」と提案するところ。くすぶるADの野心を刺激するテクを披露する女子高生、ヤバいです。計画している全てをカメラに収め、来るべき時に世に出すのだと語る循菜の頭の中には、一体どんなプランがうずまいているのか……。
ここまでの流れを見ると、異常な執着心をもつ不気味なガチオタ(酒寄曰く「悪魔」)として描かれている循菜。でも、彼女にスッと心を許してしまいそうな瞬間が訪れます。それは、これまで周囲の人間にガチ恋を嘲笑されてきた酒寄が「お前も馬鹿にすんのか」と激高した際に、彼女が「別にそんなこと思ってないけど?」というセリフに続けてある言葉をかけたシーン。
自分の中にある頑強な軸と同時に、他者も許容する広い視野をもつ循菜に、一気に引き込まれてしまいます。ガチ勢同士の連帯感も生まれ、ストーリー展開的にも重要な場面と言えるかもしれません。
アイドルオーディションの中で少しずつ表出していくふわりの才覚や、トップクラスの候補生たちの圧倒的存在感も見どころのひとつ。
異常な執着心と驚異的行動力、さらにはガチオタならではのリサーチスキルに、頭の中で描く壮大な「ふわりデビューへの道」プロジェクト。プレイヤーとして、そしてふわり合格プランナーとして循菜が参加するオーディションの行く末が気になりすぎます!
レビュアー
ほしのん
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009