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天才アラーキー「写真ってノスタルジーだ」【インタビュー連載第5回】

2021.07.30
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美容誌「VOCE」で約20年続いた、写真家・荒木経惟のインタビュー連載。写真とは、一瞬の中に永遠を写し出すもの。第113回を振り返る。

──2010年8月13日。東大病院で放射線治療を受けたあと、ふと思い立って、三四郎池に立ち寄った。そこで見た風景は、まるで、少年時代にタイムスリップしたかのような懐かしさに溢れていた。誰にとっても、子供時代がいちばん輝いていたと錯覚させるほどに。

“自分が大切だと思うその時間に、空間に、どれだけ愛情を注げるか。それが写真です”

去年の夏(※2010年)に、前立腺がんの放射線治療のために、毎日のように本郷の東大病院に通っててさ。その間に撮った写真を、『東京ホーシャセン』(’10年12月刊)っていう写真集にまとめたんですよ。写真っていうのは、旬じゃないとダメだから。せめて先週撮ったものとか、先月撮ったものを見せたい。1年間撮り溜めて、っていうのはアタシはなんか、写真のこととは違う気がするんだ。

旬っていうのは、食べ物とか人にあるって思われがちだけど、実は、写真にもあるんだよ。誰にも、毎日生活する中での、大切なこと、愛おしいことがあって、その情を写し出すのが写真だからね。自分が大切だと思うその時間に、空間に、どれだけ愛情を注げるか。もっといえば、その日を、どういうふうに過ごしたか。実は、それが写真家にとって重要なことなんです。

最近さ、写真家がみんな、大切なことをやっていない気がするね。とくに、若いヤツの写真に、情が感じられないんだよな。だいたい、なんで自分の恋人を撮らないんだ! 女でも何でも、建築写真みたいに撮りやがって(笑)。シャッターを押していくうちに、お互いの感情が行ったり来たりして、心が熱を持って、身体が濡れてきて、湿っぽさとか情が写るから写真なのに、最近はさ、みんな写真家と被写体の間に、距離がある。そういう乾いた感じほうが、アートっぽいのかもしれないけど、写真はそれじゃダメなんですよ。男の写真家だったら、彼女を撮った写真が、絶対に一番いいはずなんだよ。もっとせっかちに、その日の自分がどう生きたのかを写せばいい。それができるのが写真なんだから。アートとか、時代とか、そんなことはどうでもよくて、自分のタメの写真を撮ればいいんですよ。だいたいさ、絵画だったら、仕上げるのに時間がかかりすぎて、旬もへったくれもなくなっちゃうだろ?

この、『東京ホーシャセン』はさ、8月6日の広島原爆の日から始まって、8月15日の終戦の日で終わってるの。原爆の日に、バルコニーから空を撮って、雲を原爆のときのキノコ雲のように見せかけたりして。ホストクラブの男たちの看板は、特攻隊のイメージだね。池上彰が、「戦争を考えよう」っていうテーマの番組に出演してて、CMになったら石川遼クンが出てた。偶然なんだけど、この流れが、今の日本を象徴していると思うね。

この、子供の写真は、ちょうど、そんな夏の最中に出合った風景ですよ。毎日東大病院の放射線科に行かされて、そうすると、アタシの習慣で、手ぶらでは帰れないだろう?? ある日、東大の校舎の裏を通って、三四郎池まで歩いてみた。そうしたら、突然、この橋が目の前に登場してきたんだよ。不思議だねぇ。東京のど真ん中に、まだちゃんとこういう風景がある。日本の、一番いい時代の、昭和の風景に出くわす。この場面を目にしたとき、すごくワクワクした。素直に「いいなあ」と思った。人生ってノスタルジーだよ。写真って、ノスタルジーだよなぁ。そういう気持ちにさせられたわけですよ。

みんなには、この子供たちはアタシが雇ったんだって言ってるんだけどね。1人500円握らせて(笑)。だって、さすがにできすぎだろ? この服装、この所作、このポーズ、この組み合わせ。写真を見た人に、「自分の人生で一番いい時期は終わった」と思わせるぐらいの、圧倒的なノスタルジーがある。しかも、いい写真っていうのは、被写体の動作や所作の前後まで写る。たぶん、この子たちはザリガニかなんか獲ってるんだけど、結局1匹も獲れなくて、うなだれて帰るんだろうな、とか。そういうことまで想像させる。こういう写真を撮るとさ、「写真で時代を記録する? どうしてそんなもったいないことを!」っていうような気分になるね。だって、時代なんかより自分の彼女を記録したほうがいいじゃない?

あと、この写真のいいところは、影だね。実は、幸せっていうのは、影にあるんですよ。この間、三鷹で、凧揚げの写真を撮ってさ。少年2人が、凧揚げをしてたんだけど、それを見守る親と、子供の影が重なり合った。光は重ならないけど、陰っていうのは重なるものだからね。光があたるところにできる濃い影や、長い影っていうのは、それこそノスタルジックでいいわけ。写真の見方をひとつ教えると、写真は、影が重要なんですよ。影から、前後のイメージが広がっていく。もうひとつ、この写真のポイントは、友情にもあるんです。永遠に続くと信じられそうな友情。

少年時代の友達っていいよね。男にとって大切なのは、少年時代だからさ。やっぱり、ノスタルジーを恥ずかしがっちゃダメですよ。ノスタルジーのない人生なんてつまらない。なんて、アタシは毎日言うことが変わるんだけど、それも常に旬の考え方を出してるからなんだよ(笑)。

【プロフィール※連載当時ママ】あらきのぶよし

’40年東京都三ノ輪生まれ。先頃、大腸検査をしたら、結果は異常なしだった。フィルムを巻く右手の親指がうまく使えず、自動巻きのカメラに頼る日々だが、写欲は衰えず。(※2011年)2月18日、六本木の警察署裏手に、ヴィンテージプリントを扱うギャラリー「タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム」がオープン(www.takaishiigallery.com)。オープニング展は、荒木さんの「愛の劇場」(3月26日まで)。未発表のキャビネ版約100点を展示。「アタシと女と、時代と場所が写ってる」。

(取材・文/菊地陽子)

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『愛バナ アラーキー20年ノ言葉 2001-2020』書影
著:荒木 経惟

雑誌『VOCE』で2001年から約20年続いた荒木経惟のインタビュー連載から、荒木氏が残した“名言”を収録。

【荒木氏の20年分の“生の声”の集大成】女性論、写真論、幸福論、芸術論、死生論など、荒木氏の“生の声”を収録。20年間表現しつづけてきた変わらない哲学は、触れた人の背中をそっと押す優しさと、視点が変わる新しい気づき、そして人生を「をかし」むユーモアに溢れています。

【あらゆるシリーズから豊富な写真を掲載】さっちん、空景/近景、幸福写真、エロトス、チロなど、初期〜現在の作品まで163点を収録。パッと開くと、その時の心に刺さる名言や写真に出合える1冊です。

【20年間取材したライターのレポも収録】連載のロングインタビューを再編集した長文の「荒木論」も8つ収録。巻末には、取材時の荒木氏の様子を劇場的に捉えたエピソードコラムや、現地で取材した海外展のレポート、著名人の撮影の様子なども掲載。

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