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修羅場と書いて「ひらば」と読む。絶滅危惧職=講談師の漫画です。

ひらばのひと(1)
(著:久世 番子)
2021.05.31
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講談は、右手に張扇(はりおうぎ)、左手に扇子で、釈台(しゃくだい)を“ぱんぱんっ”と叩きながら、脚色した歴史物を講釈師が読む話芸。
1つの話は30分近くかかり、軍記物の勇壮な場面を独特の節で淀みなく読むことを「修羅場(ひらば)読み」と言います。
『ひらばのひと』からのウケウリです! 白状すると、講談は一度も聞いた事がありません。でも……、いやぁ面白い!! この世界観好きだわぁー!!

二ツ目の講釈師・龍田泉花(たつたせんか)は、弟弟子で前座の泉太郎(せんたろう)にモヤモヤする日々を送っていました。
なぜなら講談の世界は女性講釈師が多く、若い男はちやほやされるから。
と言っても「嫉妬」ではなく、「自分の中に押し込めていたダークサイドに気付かされる」からなのです。

龍田錦泉(きんせん)先生には6人の弟子がいて、妻の介護で休んでいるいちばん上の錦秀(きんしゅう)と泉太郎以外は全て女。

この姉弟子たちの容赦ない物言いが笑えます。が、この中に入るのは、私でも嫌です!!
しかし泉太郎はいつも飄々(ひょうひょう)としていて、「前座の4年間は叱られるのが仕事だって聞いてましたから」と、理不尽なことも「申し訳ございません」と頭を下げるのです。

そんな泉太郎を、心の中とはいえ「キライだ」とまで言い切る泉花。まさにダークサイド。
ところがある日、その泉太郎から相談を受けます。

「講談続けるか迷ってます」
「…なんであたしに相談するの?」
「泉花姉さんオレの事キライでしょ。他の人にこんなこと相談しても『やめるな』って止められるだろうし」

コイツ! 確かにイライラする(笑)。泉花も思わず、強く当たってしまいます。


 
実は泉花も、前の仕事を辞める時に悩み、覚悟を持って講談の世界に身を投じたのです。
講談の演目『鋳掛松(いかけまつ)』の主人公、松五郎のように。

とは言っても、泉花もこんな思いを消し去れずにいました。

女がどんなに頑張って芸を磨いても 結局男には敵(かな)わないのか 

泉花には、普通の会社員で穏やかな性格の夫がいるのですが、女の芸人にとって結婚は、見えないハンデでもあるのです。

『ひらばのひと』が単なる講談を扱った漫画で終わっていないのは、こうした日常の暮らしが見えるところ、そして心の奥底にあるものを丁寧に描いているからだと思います。
だからこそ、出てくるキャラクター全員がとてもリアルで、なおかつ面白い!! かなりの人数が出てくるのに皆キャラが立っているのです。

私のお気に入りは、落語家で若手真打の万喜助(まきすけ)師匠と弟弟子のコロ助。

万喜助師匠は、いかにも女性ウケしそうな小洒落た出で立ちで、こういう落語家さんいそう、と笑ってしまいました。
また「講談より落語の方が人気」という、このお話の根底にある設定を一発でわからせてくれます。

さらに、たった一言でキャラクターの個性を際立たせる手腕は、さすが!! としか言いようがありません。思わず私が唸(うな)ったセリフは、

 男の講釈師は上野のパンダ並みに繁殖難しいから! 

名前も出てこない常連客のセリフですら、こんなに面白いのです。

思わず「こいつぁ、本物の講談を聞かねばなるめぇ」とばかりに講談を聞いてみたところ、こちらも面白い!! 講談ってこんなに面白かったんだ!! と今まで聞いたことがなかった自分を恥じました。

この作品は、今をときめく人気講談師、六代目神田伯山さんが監修をしていて、YouTubeの「伯山トーク」では、『ひらばのひと』の作者である久世番子(くぜばんこ)さんとも対談をしています。
滅多に聞けない作品誕生の裏話も聞くことができ、とても面白いので、こちらも是非チェックしてみて下さい。

  • 電子あり
『ひらばのひと(1)』書影
著:久世 番子

独特の節で読む軍記物の勇壮な場面を、講談で「修羅場〈ひらば〉」と呼ぶ──。

落語家との認知度の差は歴然、絶滅危惧「職」とまで言われる講談師。二ツ目の女流講談師・龍田泉花の未来は視界不明瞭! 唯一の弟〈おとうと〉弟子・泉太郎の率直(不敵?)過ぎる言動にもヤキモキしっぱなし──。でも「講談」の深い魅力と、師匠をはじめ人間臭い周囲の人々に支えられながら、姉弟〈きょうだい〉弟子2人は、ダンジョンだらけの「芸の道」をよじ登っていく!

歴史ロマン『パレス・メイヂ』、爆笑エッセイ漫画『暴れん坊本屋さん』などで知られる名手が、「日本一チケットの取れない講談師」六代目神田伯山の全面監修を得て放つ、新たなる伝統芸能ストーリー。モーニング本誌に掲載されて評判を呼んだ「読み切り版」も収録。
「鋳掛松〈いかけまつ〉」、「応挙〈おうきょ〉の幽霊」など、講談の演目もさまざま登場。このごろ話題の「講談」って落語と何が違う? どんな演目があるの? ……などを知りたい方も一読瞭然!

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

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